律令国造
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/28 07:09 UTC 版)
大化の改新以降、国造が治めた国は整理・統合、あるいは分割され、令制国に置き換えられたが、律令体制下においても、国造は存続した。これを「律令国造」という。主に祭祀を司る世襲制の名誉職になり、かつての国造の後裔にあたる郡司が兼任した。また国造には国造田などが支給された。その後、8世紀後半以降には国造はなくなっていった。現代の学界では、氏姓制下の国造と律令国造を区別するため、例えば前者なら上総国造(かずさのくにのみやつこ)というところを後者では上総国国造(かずさのくにのくにのみやつこ/かずさのくにこくぞう)と書き分けることが行われる。
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