式内社「小野神社」の歴史とは? わかりやすく解説

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式内社「小野神社」の歴史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/24 09:37 UTC 版)

小野神社 (多摩市)」の記事における「式内社「小野神社」の歴史」の解説

中世には近在武蔵国府が存在し武蔵国一宮であった武州六大明神一つとされ、これらを祀る武蔵国総社大國魂神社六所宮)には「一宮」として祀られている。 「小野社」の名が初め見られる史料として宝亀3年772年)に作成され太政官符あげられ、「多磨郡□野社(多磨郡小野社を指すと思われる)」の記述がある。 『日本三代実録』では元慶8年884年7月15日従五位上から正五位上昇格との記載がある。また、10世紀前半成立した延喜式神名帳』では小社として式内社列している。 『吾妻鏡』治承5年(1181年)4月記事に『是以武藏國多西郡吉富一宮蓮光寺等』とあり「蓮光寺」(多摩市連光寺付近と共に一宮」(多摩市一ノ宮付近)の名が記述されており、「一宮」と「蓮光寺」を含めた形で「吉富」(京王線百草園駅 - 中河原駅一帯)と記述している。 このほか、南北朝期の『神道集』には、小野神社一宮として記載されている。

※この「式内社「小野神社」の歴史」の解説は、「小野神社 (多摩市)」の解説の一部です。
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