子牛の像とサマリア人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/11 15:56 UTC 版)
「聖書の説話とクルアーンの関係」の記事における「子牛の像とサマリア人」の解説
聖書では、モーセ(ムーサー)の不在中、ヘブライ人とともに出エジプトを果たした人々の一部が金の子牛像を拝んでおり、「これこそ汝の神、ああイスラエルよ、汝をエジプトより連れ出した」と聞かされていたのだった。800年後、サマリアは北イスラエル王国の首都となっている。北イスラエル王国の最初の王ヤロブアムもまた、2体の金の子牛像を造り、『これこそ汝の神、ああイスラエルよ、汝をエジプトより連れ出したり』と言ったという。のちの紀元前700年頃 、別の民族がサマリアを占領し、サマリア人と呼ばれるようになった。 クルアーンでは、ムーサーが不在の間の子牛の物語がかたられる。『サーミリー』(ユースフ・アリ説)もしくは『サマリア人』(アルベリー説)と呼ばれる男が、彼らの偶像崇拝を支持したことを責められている。 ホセア書の8:5-6には、ター・ハー 20:97 と同じ内容が書かれており、ホセアがヤロブアムの子牛の話に触れ、クルアーンは先の子牛像について触れている。どちらにも預言者が登場し、サマリア人もしくはサーミリーに子牛像を破壊すると約束させている。 「 サマリヤよ。わたしはあなたの子牛をはねつける。わたしはこれに向かって怒りを燃やす。彼らはいつになれば、罪のない者となれるのか。彼らはイスラエルの出。それは職人が造ったもの。それは神ではない。サマリヤの子牛は粉々に砕かれる。 」 「 かれ(ムーサー)は言った。「出ていきなさい。生きている限りは,誰とも接触がなくなる。決して破れない約束(処罰)があなたにはある。あなたがのめり込んで崇拝していた神々を見なさい。わたしたちはこんなものは焼いて海の中にまき散らすでしょう。[Quran 20:97] 」 クルアーンによれば、ムーサーによりサーミリーは誰ともふれあえないという罰を与えられた。その偶像崇拝を理由に、現代のユダヤ人もみな、サマリア人に触れることを許されていないという。 この解説において、ユースフ・アリは「サーミリーとはサマリア人の意味ではない」と主張している。
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