外城組織(農政組織)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/31 03:08 UTC 版)
外城は、数ヶ村からなり、麓(府本)と称せられる地区に藩の役所である地頭仮屋(または領主仮屋)が置かれ、その周囲に外城士が居住していた。外城の行政は、地頭を中心に所三役、即ち郷士年寄、組頭、横目により運営された。 ⅰ.郷士年寄 - 当初、「 噯(あつかい)」と呼ばれていたが、天明3年(1783年)に「郷士年寄」と改名された。数名の合議制で全般の政務を担当する。 ⅱ.組頭 - 郷士を数組に分けた各組の頭であり、郷士指導及び外城警備を担当する。 ⅲ.横目 - 数名からなり、諸務取次、検察訴訟を担当する。 庄屋 - 村には村政の責任者である庄屋が1村に1人派遣され、郷士がその任にあたった。任期は7~8年であった。庄屋は門百姓の年貢、賦役の徴収に当る一方で、防犯から二才衆の教育に至るまで村政全般を管掌した。 名主 - 村は、数カ所の方限に分割されており、名頭の有力者の中から名主が数名任命されて、各方限を統治していた。 名頭 - 方限の中は、門と称される農業経営単位に分けられ、農民は、門に属して耕作に当った。門には名頭と呼ばれる門の長のいる農家と一般の平百姓の名子のいる農家とで構成されていた。
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