変体仮名と歴史的仮名遣いの廃止
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 02:30 UTC 版)
「読み先習の法則」の記事における「変体仮名と歴史的仮名遣いの廃止」の解説
1898年(明治31年)に澤柳は文部省に戻り、普通学務局長となった。これは文部大臣、文部次官に次ぐナンバー3の地位だった。澤柳はこの職に8年留まり小学校の改革を行った。その一つは「ひらがな教育の改革」だった。当時のひらがなは「変体仮名」と呼ばれる字体の違うひらがなが50以上もあり、小学校ではこれを含めて100字以上のひらがなを勉強させられていた。文部省は1900年(明治33年)に「小学校施行規則」を改定して変体仮名を廃止し、普通のひらがなだけを教えれば良いと改めた。柳沢は「この改革によって児童に分かりやすく書くことができる」としながらも、「その結果については今後2、3年を経なければわからないことだ」と明確に実験を意識したことも言っている。さらに澤柳政太郎は漢字の音読み(字音)の「かな表記」の改革も行い「歴史的仮名遣い」を廃して、発音通りのひらがな表記にした。たとえば「学校」は「がっこー」、「咲かう」は「さこー」、「いう」を「ゆー」とした。今では「がっこう」と書くのに比べると、当時の文部省の改革の方が徹底していた。この「棒引き記号」を用いた表記は保守派からの猛烈な反対にあって、一時期使用されただけとなった。
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