城山団地の造成
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/27 13:38 UTC 版)
「城山 (鹿児島市の町丁)」の記事における「城山団地の造成」の解説
1965年(昭和40年)から1977年(昭和52年)にかけて鹿児島開発事業団によって開発された「城山団地」の区域である。城山団地は城山の後背部にあたる約41万平方メートルに造成された団地であり、山を削りだして造成が行われた。排出された土砂は与次郎ヶ浜の埋め立て工事に利用されることとなったが、運搬する土砂量が多くダンプによる運搬は不可能であることや当時各地で問題となっていた公害の防止の観点から、運搬のために甲突川にパイプラインを設置し、水に溶けやすいシラスの特性を利用して海水と一緒に城山団地から送り出し甲突川のパイプラインを経て与次郎ヶ浜に流し込む「水搬工法」が採用された。 1971年(昭和46年)に城山団地の造成工事が完工した。総面積41万1000平方メートル、総事業費25億7,200万円であった。
※この「城山団地の造成」の解説は、「城山 (鹿児島市の町丁)」の解説の一部です。
「城山団地の造成」を含む「城山 (鹿児島市の町丁)」の記事については、「城山 (鹿児島市の町丁)」の概要を参照ください。
- 城山団地の造成のページへのリンク