在大阪中華民国総領事館落書き事件とは? わかりやすく解説

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在大阪中華民国総領事館落書き事件(1961年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/26 13:39 UTC 版)

台北駐大阪経済文化弁事処」の記事における「在大阪中華民国総領事館落書き事件(1961年)」の解説

1961年9月30日未明台湾民族派のバー経営者椿然と看板業者深水生富が、中華民国総領事館1階正面出入口鉄製扉や1階正面出入口左右石造り外壁に「支那人支那帰れ」、「台湾は台人のもの」、「台湾独立万才」、「台湾共和国万才」、「蔣介石一派の豚共は台湾より去れ」などと落書きし加えて1階正面出入口上部に「台湾共和国大阪総領事館」と大書した看板掲げ目的で孫秉乾(中国語版総領事から立ち入り看板付け替え許可を得ることなく侵入した。この事件受けて大阪地方裁判所公判開かれたが、その結果建造物等損壊罪侮辱罪建造物侵入罪並びにこれらの共同正犯該当するとされ、郭に懲役8ヶ月深水懲役4ヶ月判決下された。但し、中華民国の国章に対して看板覆い隠しただけで何ら物質的損壊加えていなかったため、刑法92条の外国国章損壊罪については検察からの求刑棄却して無罪とした。 大阪地方裁判所での判決下った後、検察官外国国章損壊罪適用されていない点に対す不服を、両被告人完全無罪主張して大阪高等裁判所控訴したが、量刑増減はなく、改めて郭に懲役8ヶ月深水懲役4ヶ月判決言い渡された。

※この「在大阪中華民国総領事館落書き事件(1961年)」の解説は、「台北駐大阪経済文化弁事処」の解説の一部です。
「在大阪中華民国総領事館落書き事件(1961年)」を含む「台北駐大阪経済文化弁事処」の記事については、「台北駐大阪経済文化弁事処」の概要を参照ください。

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