古暦水はくらきを流れけり
作 者 |
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季 語 |
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季 節 |
冬 |
出 典 |
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前 書 |
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評 言 |
古暦と中七以下は直接関係がなく取合せの句である。残り少なくなった古暦を見て、水が暗がりを流れている場面をイメージしたのであろう。心象的な句である。作者の心の底、あるいは作者の時間も暗がりを流れているようだと感じたのだろう。これと形が似た句に、よく知られた 神田川祭りの中をながれけり があるが、この句は祭りの中を神田川が流れている懐かしい風景を明るく詠んでいて、情景鮮明な句である。 万太郎の句には水や雨の句が多い。山本健吉は「万太郎俳句は湿潤性のモンスーン文学の代表とすべきか。雨雪がやたらに降るばかりでなく、感情も感覚も潤っている」と述べている。 掲句もさらりと詠まれているが、リズム感があり、かつ陰影を感じる。ことばの選択が自然で巧みであり、その音感、意味の間に陰影、余情があって、作者の心象がにじみ出ている。俳句は「家常生活に根ざした抒情的な即興詩」であるとし、「餘情なくして俳句は存在しない。‥‥俳句の生命はひとえにかかって餘情にある‥‥」とまで述べている。 したたかに水をうちたる夕ざくら あはゆきのつもるつもりや砂の上 まゆ玉のしだれひそかにもつれけり しらぎくの夕影ふくみそめしかな これらの句は、ひらがなの効果と相俟って、柔らかな日本画の様な雰囲気、抒情を醸しだしていて心憎いばかりである。 |
評 者 |
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備 考 |
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