南部曲り家の分布と減少
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/25 07:16 UTC 版)
南部曲り家は、岩手県南部領地方(旧南部藩領)の岩手県部分のほぼ全域に存在した。特に、馬産地であった岩手郡、紫波郡、稗貫郡、上閉伊郡、下閉伊郡、九戸郡に多く見られ、現在の盛岡市・紫波郡周辺と遠野市周辺が曲家分布の核心(高密)地域であった。 しかし、南部曲り家の数は減少を続けている。その要因は、遠野市の事例では、1)兼業化の進展、各種大型農用機械の導入、1970年頃までの牛の導入といった経済的要因、2)地域の共同性低下とそれに伴う茅葺屋根の葺き替えの困難化、そして生活改善運動といった社会的要因、3)屋内生活時間の増加、接客機会の減少など家庭生活に関する要因の3つである。その減少過程は、市全域で減少しつつも中心部近郊で早く縁辺部では遅れるという空間的パターンを示した。
※この「南部曲り家の分布と減少」の解説は、「曲り家」の解説の一部です。
「南部曲り家の分布と減少」を含む「曲り家」の記事については、「曲り家」の概要を参照ください。
- 南部曲り家の分布と減少のページへのリンク