半島方面作戦の開始
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/04 10:22 UTC 版)
半島方面作戦はマクレランがアメリカ連合国の首都リッチモンドを占領して戦争を終わらせようとしたものであり、不成功に終わった。1862年3月、マクレランのポトマック軍がバージニア半島の先端にあるモンロー砦に上陸した時に始まった。緩りとまた慎重に半島を進んだマクレラン軍は一連の小さな戦闘を行い、首都を守るために同じくらい慎重な南軍のジョセフ・ジョンストン将軍を包囲したりして、じわじわと後退させリッチモンドからは6マイル (10 km)の所まで達した。そこで、5月31日と6月1日にセブンパインズの戦い(フェアオークスの戦いともいう)が起こった。この戦いは戦術的には引き分けたが、戦争の行方には大きな影響を与えた。ジョンストンは負傷し、より攻撃的なロバート・E・リー将軍にすげ替えられた。リーはその防御線を拡げ、北バージニア軍を組織するために1ヶ月近くを費やした。マクレランはその対峙する敵軍に対して受動的なまま七日間の戦いまで留まっていた。リーは戦争の初期に慎重だという評判を取っており、マクレラン軍に対して勢力が劣っていることを認識していたが、攻勢を採ろうと考え、戦争の残り期間彼を特徴づけることになる攻撃的性格のものになった。
※この「半島方面作戦の開始」の解説は、「七日間の戦い」の解説の一部です。
「半島方面作戦の開始」を含む「七日間の戦い」の記事については、「七日間の戦い」の概要を参照ください。
- 半島方面作戦の開始のページへのリンク