再生の「亀の尾蔵舞」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/04 14:47 UTC 版)
2009年(平成21年)、当時の契約農家が、栽培の難しい「亀ノ尾」の栽培を翌期から取りやめる意向を示し、竹野酒造は窮地に立たされる。同年春、約半世紀にわたり竹野酒造の酒造りを支えた日下部杜氏が死去する不幸も重なり、その後を継いだばかりだった自称7代目の杜氏・行待佳樹は「血の気の引くような思い」を味わったというが、杜氏として初めて仕込んだ「亀の尾蔵舞」が、全国酒類コンクール純米酒部門で1位を獲得したことで状況は一変する。契約農家は「亀ノ尾」の生産を継続。2012年(平成24年)には「ワイングラスでおいしい日本酒アワード2012年」で金賞を受賞した。その後、翌年の仕込みに向けて協力農家が増え、亀ノ尾の生産農家は、網野町から2農家、弥栄町から2農家が加わり、「亀の尾蔵舞」は名実ともに竹野酒造を代表する商品となった。「亀ノ尾」生産農家のなかには、かつて竹野酒造で副杜氏(蔵頭)を務めた藤原薫など、竹野酒造の酒造りに精通する人物も含まれる。竹野酒造では、彼ら生産農家の氏名もすべて商品ラベルに記載する。
※この「再生の「亀の尾蔵舞」」の解説は、「竹野酒造」の解説の一部です。
「再生の「亀の尾蔵舞」」を含む「竹野酒造」の記事については、「竹野酒造」の概要を参照ください。
- 再生の「亀の尾蔵舞」のページへのリンク