全国同時地方選敗北
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/01 04:07 UTC 版)
2010年6月に行なわれた全国同時地方選挙で先進党は、広域自治団体長3名、広域議会地域区78名など合計で427名の候補者を擁立して選挙戦を戦った。しかし、党の強固な地盤である忠清南道の知事選挙において民主党の安熙正候補に敗北、大田広域市長選挙のみの勝利に留まるなど、先進党にとっては厳しい選挙結果となった。この結果を受け李会昌は8日、敗北の責任を取って党代表を辞任することを表明したが、「世宗市建設計画の国会採決を控えている状況下で、代表職を空席にしておくわけにはいかない」として17日に党務に復帰することを表明した。 2011年8月31日、先進党は国民連と9月末までに統合し、沈太平国民連代表が統合新党の代表を務めることで国民連と合意。また未来希望連帯と連携して共同で院内交渉団体を構成する案も浮上した。10月10日、先進党と国民連の統合作業が完了し、統合政党としての「自由先進党」が発足した。そして代表には国民連代表であった沈大平が推戴された。
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