他競技への転向
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/13 07:35 UTC 版)
「オクサナ・マスターズ」の記事における「他競技への転向」の解説
ボート競技引退から間もなく、怪我からの回復プロセスとして、ボート競技と同じ筋肉グループを使用するスキー競技に転向、2014年ソチパラリンピックではクロスカントリースキーとバイアスロンに出場し、このうちクロスカントリーの12kmで銀メダルを、5kmで銅メダルを獲得する。一方、サマースポーツを追求するため、ノルディックスキーと似たメカニズムを持つハンドサイクルを用いたパラサイクリング競技にも取り組み始め、2016年リオデジャネイロパラリンピックではロードレースで4位、タイムトライアルで5位となる。 2018年平昌パラリンピックでは、クロスカントリーの1.1kmと5kmで金メダル、12kmで銅メダルを、バイアスロンの6kmと12.5kmで銀メダルを獲得。また、閉会式ではアメリカ選手団の旗手を務めた。 2021年の東京パラリンピックには開催100日前に脚の外科手術を行った状態で臨んだが、タイムトライアルとロードレースで金メダルを獲得した。 2022年北京パラリンピック出場前の練習では、大会直前に勃発したロシアのウクライナ侵攻を念頭に、出身地のウクライナの国旗をハート型にかたどったマークをビブスの左胸に付けて臨んだ。大会では、バイアスロンの6km座位、12.5km座位とクロスカントリースキー4x2.5km混合リレーで金メダルを獲得、クロスカントリースキーの15km座位、スプリント座位、7.5km座位と、バイアスロン女子10km座位で銀メダルを獲得した。これで1大会でのメダル獲得数が7個、および冬季パラリンピック通算メダル獲得数が14個となり、いずれも冬季パラリンピックアメリカ代表の最多記録を更新した。
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