京極高光とは? わかりやすく解説

京極高光

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/26 14:23 UTC 版)

 
京極高光
時代 室町時代中期
生誕 天授元年/永和元年(1375年
死没 応永20年8月19日1413年9月14日
別名 三郎[1]
戒名 大円道通勝願寺[1]
墓所 滋賀県米原市徳源院
官位 従五位上[1]左衛門尉[1]治部大輔[1]
幕府 室町幕府侍所頭人、出雲隠岐飛騨守護
主君 足利義満義持
氏族 京極氏
父母 父:京極高詮
兄弟 高光高数
正親町三条公豊
細川持之室、持高、持重、持清
花押
テンプレートを表示

京極高光(きょうごく たかみつ)は、室町時代中期の守護大名室町幕府侍所頭人、出雲国隠岐国飛騨国守護

略歴

天授元年/永和元年(1375年)、京極高詮の嫡男として誕生した。

応永8年(1401年)に父が亡くなり、出雲・隠岐・飛騨3か国の守護を継いだ。応永12年(1405年)に出雲大社の造営を幕府から命じられ、出雲の豪族である松田掃部入道に、大社の宮司である出雲国造と相談し完了させる様に命じている。また応永年間には近江国の日撫神社に伽藍を建立している。応永16年(1409年)に侍所頭人を務め、応永18年(1411年)に飛騨国司姉小路尹綱が幕府に背いた飛騨の乱が起きると、弟・高数を総大将として兵を出し制圧している。

応永20年(1413年)、死去。享年39。嫡男の持高が家督を継いだ。

脚注

  1. ^ a b c d e 寛政重修諸家譜

出典





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「京極高光」の関連用語

京極高光のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



京極高光のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの京極高光 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS