二度の編入合併による大字の廃止及び町の設置
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/06 00:04 UTC 版)
「鹿児島市の町丁」の記事における「二度の編入合併による大字の廃止及び町の設置」の解説
鹿児島市は2004年までに周辺の町村を3回に渡り編入しているが、この節では1934年の吉野村、西武田村、中郡宇村の3村編入及び1950年の伊敷村、東桜島村の2村編入の際に新設・継承された町名について述べる。 1889年(明治22年)の町村制施行により、鹿児島郡吉野村、西武田村、中郡宇村、伊敷村、北大隅郡東桜島村が成立した。1911年(明治44年)と1920年(大正9年)の2回にわたり、西武田村及び伊敷村の一部が鹿児島市に編入され、鹿児島市の一部が西武田村に編入された他は各村域に変更は無かった。 1934年(昭和9年)に鹿児島郡吉野村、西武田村、中郡宇村が鹿児島市に編入された。 1950年(昭和25年)には伊敷村、東桜島村が鹿児島市に編入された。桜島の東半分を区域としていた東桜島村と薩摩半島側の鹿児島市の間には西桜島村(のちの桜島町、桜島の西半分)があり、飛地合併となった。 以下の表ではそれぞれの村の大字と編入時に設置された町名、現在の町名を一覧化する。
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