メタ哲学的な著述
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/01 15:18 UTC 版)
プラトンは以下のような問いを挙げている。 哲学の本性及び哲学の方法(『メノン』においてはっきりと提出されている) 価値と哲学にふさわしい目的(『ソクラテスの弁明』、『ゴルギアス』、『プロタゴラス』など) 哲学的批判と日常的生活の適切な関係(『国家』によって最も著名になった) イマヌエル・カントの哲学に対する取り組み、つまり彼の「批判哲学」は徹底的に自己意識的で反省的である。彼は『プロレゴメナ』を著して、今日明らかにメタ哲学的だとみなされている著作の例を作った。 ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインは哲学の難題や哲学的理解について書いた。哲学の誤りは哲学的研究の本性に関する混乱に起因すると主張した。また、『哲学探究』にはメタ哲学など存在しないと書いている。 チャーリー・ダンバー・ブロードはその著書『Introduction to Scientific Thought(1923)』の「The Subject-matter of Philosophy, and its Relations to the special Sciences,」において批判哲学と思弁哲学を区別している。カート・ジョン・デュカッセは、「Philosophy as a Science」において、哲学の本性に対するいくつかの観点を考察して、哲学はそれぞれ別個の問題、つまり評価を持っていると結論している。デュカッセの考え方は第一に「メタ哲学」と表現されてきた。 アンリ・ルフェーヴルは『Metaphilosophie』(1965)において、マルクス主義の立場から、批判的社会理論のなくてはならない方法論的取り組みとして「存在論的切断」を支持している(一方で、ルイ・アルチュセールの、構造主義的マルクス主義学派の道具を表す主観的マルクス主義による認識論的切断についてはルフェーヴルは批判している)。
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