ペルシア包囲戦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/21 15:37 UTC 版)
「フルウィア (マルクス・アントニウスの妻)」の記事における「ペルシア包囲戦」の解説
フルウィアはルキウス・アントニウスとともにイタリア内の8個軍団を召集し、夫マルクス・アントニウスの権利を守るべくオクタウィアヌスとの戦争を始めた。この軍がまずローマを短期間占領した後、ルキウス・アントニウスはプラエネステで軍を再編したが、その後ペルシア(現ペルージャ)に撤退し、オクタウィアヌスの軍に包囲された。ルキウスは、ガリアにいるアントニウスの軍団が援軍に駆け付けてくるのを期待していた。しかしこの戦争を予期していなかったアントニウスは未だ東方属州に滞在しており、彼の軍団にも命令を出していなかったため、ルキウスへの援軍は現れなかった。この間も、フルウィアはプラエネステにいてルキウスを支援しようとした。アッピアノスによれば、彼女は「ガリアからウェンティヂウス、アシニウス、カレヌスをルキウスの援軍として呼び戻そうとし、また別の軍勢を組織して、プランクスに指揮権を与えルキウス援護に向かわせた」。この戦争において、オクタウィアヌスは投石器の弾にフルウィア個人を侮辱する文言を刻んで投げ込ませ、紀元前40年には彼女を指した下品なエピグラムを書いた。その内容は、アントニウスが高級娼婦あがりのカッパドキアの王母グラピュラとの不倫に走っている、というものだった。そのエピグラムの一部が、1世紀の風刺詩人マルティアリスの作品の中に引用されている。 意地の悪いラテン語の検閲官よ、読むがよい、 カエサル・アウグストゥスの6つの無礼な韻文を。 「アントニウスがグラピュラを犯すゆえに、フルウィアは 私を罰するのだ、同じように私に彼女を犯せと。 私がフルウィアを犯すだと?もしマニウスが私に 彼を犯してくれと乞うてきたら?私はするだろうか?そうは思わない、私が正気であれば。 「まぐわるか戦うか」と彼女は言う。彼女は、 私にとって私の針は命そのものよりかわいいものだと知らないのか?ラッパを鳴り響かせろ!」 アウグストゥスよ、おまえは間違いなく私の気が利いた本を許したもうた、 おまえはローマ人の率直さを語る大家であるゆえに。
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