ブルンジ第二王国
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/19 18:40 UTC 版)
1962年7月1日、ブルンジはブルンジ王国として完全独立を果たす。1915年からムワミの位置にあったムワンブツァ4世が初代元首を務め、立憲君主制を確立させた。しかし、一方で少数民族であるツチがフツを抑えて実権を握っており、フツの不満は高まっていた。1965年には、議会の選挙にフツが出馬することを認めることを、君主側が拒否した。それに対し、フツのグループは君主に対するクーデターを企てることを支援した。それを聞いた君主は、逆にフツの政治家とインテリを殺害した。 1966年、ムワンブツァは自らの息子、ンタレ四世によって退位を強いられた。ンタレ四世はムワミとして即位するも、大臣らのクーデターにより、彼もまた元首を追放された。彼は西ドイツに亡命した。代わって大統領に就任したのはミシェル・ミコンベロだった。彼は同年、君主制の廃止を宣言し、共和国宣言を行った。
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