フィロキセラとガルナッチャ種の導入
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/26 15:17 UTC 版)
「ナバーラ (DO)」の記事における「フィロキセラとガルナッチャ種の導入」の解説
1890年代になるとフィロキセラがスペインにも流行し、ブドウ畑は1909年時点でわずか713ヘクタールにまで減少した。総栽培面積の98%に相当する50,000ヘクタールがフィロキセラによって破壊されたと推定されている。1910年以降にブドウ畑が再興されるにあたっては、フィロキセラに抵抗を持つ新世界から持ち込まれた台木に接ぎ木する方法がとられた。生産されるワインは質より量が重視され、手がかからず耐寒性に優れたガルナッチャ種が広い範囲に植えられた。 特にテーブルワイン用のロゼワインや、ブレンド用の赤ワインなどが生産された。1920年代にはワイン協同組合が増加し、生産量を増やして膨大な量の低価格ワインを輸出した。1932年にワイン法が制定されて原産地呼称制度であるデノミナシオン・デ・オリヘン(DO)が設置されると、ナバーラは1933年にDOに認定された。
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