バークレイズ支店買収まで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/19 04:34 UTC 版)
「ウェルズ・ファーゴ」の記事における「バークレイズ支店買収まで」の解説
管理通貨制度へ世界が落ち着きだした1973年、ウェルズ・ファーゴは多くの点で政策を転換した。5年後CEOとなるカール(Carl E. Reichardt)が不動産リース業の現場をてこ入れした。海外事業としては西ドイツの有名な銀行(Allgemeine Deutsche Credit-Anstalt, 現ラボバンク)の株式を25%も保有していたが、しかしこの銀行は不動産を担保とする不良債権を抱えたので、この処理にあたりウェルズ・ファーゴに損害が出た。国内銀行と合弁でロンドンに出した西部銀行も、オイルショックに耐えられずだめになった。ウェルズ・ファーゴは外為取引でも失敗した。 1984年にポール・ヘイズン(Paul Hazen)が社長となった。2年経ってカールはフォードモーターの重役となった。この1986年にウェルズ・ファーゴはミッドランド銀行(Midland Bank, 現HSBC)からクロッカー(Crocker National Bank)を11億ドルで買収した。これでウェルズ・ファーゴの不動産事業は水を得た魚となったが、一方でブラジルとメキシコの債権が焦げつき、1989年半ばまで不良債権処理に追われた。 1988年5月、バークレイズのカリフォルニア支店を買収した。ウェルズ・ファーゴは証券化を推進した。
※この「バークレイズ支店買収まで」の解説は、「ウェルズ・ファーゴ」の解説の一部です。
「バークレイズ支店買収まで」を含む「ウェルズ・ファーゴ」の記事については、「ウェルズ・ファーゴ」の概要を参照ください。
- バークレイズ支店買収までのページへのリンク