ナイト・パッセージ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/18 11:32 UTC 版)
『ナイト・パッセージ』 | ||||
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ウェザー・リポート の スタジオ・アルバム | ||||
リリース | ||||
録音 | 1980年7月12日 – 13日ロサンゼルス・コンプレックス・スタジオ 1980年6月29日 、大阪フェスティバルホール |
、|||
ジャンル | フュージョン | |||
時間 | ||||
レーベル | ARC/コロムビア | |||
プロデュース | ジョー・ザヴィヌル ジャコ・パストリアス |
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専門評論家によるレビュー | ||||
ウェザー・リポート アルバム 年表 | ||||
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『ナイト・パッセージ』(Night Passage、直訳は「夜道」)は、アメリカのエレクトリック・ジャズ・バンド、ウェザー・リポートの9枚目のスタジオ・アルバム。1980年に発表された。
解説
収録曲のほとんどは、1980年7月にロサンゼルスのコンプレックス・スタジオにて2日間で録音されている。そのうち2曲は、クインシー・ジョーンズなど音楽業界人も含め250人のオーディエンスをスタジオに招き入れ、ライブ形式で録音したものである[1]。「マダガスカル」のみ、同年6月に大阪フェスティバルホールで行ったライブ演奏を収録している。パーカッションのロバート・トーマス・ジュニアは、このアルバムから新メンバーとして参加した。
本作において、これまでのアルバムで聴くことができた(特に1978年の『ミスター・ゴーン』で最も顕著だった)、楽器を何重にも重ねて録音するという手法をやめている。その結果、古典的なジャズの伝統にのっとった単独での即興演奏が前面に出てくることになった。
なお、「スリー・ヴューズ・オブ・ア・シークレット」はその後、ジャコ・パストリアスのソロ・アルバム『ワード・オブ・マウス』でも再びレコーディングされた。
収録曲
# | タイトル | 作曲 | 時間 |
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1. | 「ナイト・パッセージ - "Night Passage"」 | ザヴィヌル | |
2. | 「ドリーム・クロック - "Dream Clock"」 | ザヴィヌル | |
3. | 「ポート・オブ・エントリー - "Port of Entry"」 | ショーター | |
4. | 「フォーローン - "Forlorn"」 | ザヴィヌル | |
5. | 「ロッキン・イン・リズム - "Rockin' in Rhythm"」 | デューク・エリントン、アーヴィング・ミルズ、ハリー・カーネイ | |
6. | 「ファースト・シティ - "Fast City"」 | ザヴィヌル | |
7. | 「スリー・ヴューズ・オブ・ア・シークレット - "Three Views of A Secret"」 | パストリアス | |
8. | 「マダガスカル - "Madagascar"」(大阪フェスティバルホールでのライブ) | ザヴィヌル |
パーソネル
- ジョー・ザヴィヌル (Joe Zawinul) - キーボード、シンセサイザー
- ウェイン・ショーター (Wayne Shorter) - サクソフォーン
- ジャコ・パストリアス (Jaco Pastorius) - フレットレス・ベース
- ピーター・アースキン (Peter Erskine) - ドラム
- ロバート・トーマス・ジュニア (Robert Thomas Jr.) - パーカッション
画像
アルバム発売時期のコンサート・ツアーより
![]() (1981年6月11日、新宿厚生年金会館) 画像左から、ウェイン・ショーター、ピーター・アースキン、ロバート・トーマス・ジュニア、ジャコ・パストリアス |
![]() (1981年6月11日、新宿厚生年金会館) 画像左から、ジョー・ザヴィヌル、ロバート・トーマス・ジュニア、ウェイン・ショーター、ピーター・アースキン、ジャコ・パストリアス |
脚注
- ^ Weather Report - Night Passage (1980) album at JazzDisco.org
外部リンク
- The Weather Report Annotated Discography
-
- Night Passage – ALBUMS
ナイト・パッセージ
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「ウェザー・リポート」の記事における「ナイト・パッセージ」の解説
アルバム『ナイト・パッセージ』発売前年の1981年ワールド・ツアーではパーカショニストにロバート・トーマス・ジュニアが参加して再び5人編成になり、グループとしてもメンバー各々の実力が均衡してきたため、脂がのりきった状態になっていた。1981年のツアーでは未発売の曲が大半を占めていて、それらの曲は次作アルバム収録曲のリハーサルも兼ねていた。1982年、『ナイト・パッセージ』の制作は、ロサンジェルスにあったA&Mスタジオ の体育館のように巨大なルーム・サイズを持つAスタジオで行われ、クインシー・ジョーンズなどの音楽業界人も含む沢山のオーディエンスが居る状態でスタジオ・ライブ・レコーディングされたため、1981年のツアーは未発表曲のお披露目的意味合いもあったが、「マダガスカル」だけは、大阪フェスティバル・ホールで収録されたコンサート音源がそのままアルバムにも採用されることになった。
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