デビュー後、アメリカとドイツへ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/06 18:46 UTC 版)
「山口啓介」の記事における「デビュー後、アメリカとドイツへ」の解説
1989年からの2年間で集中的に大型銅版画にとりくむ。1990年ヒルサイドギャラリー(東京)で初個展。1992年、Asian Cultural Councilの助成によりニューヨーク滞在、同年文化庁芸術家在外研修員としてフィラデルフィア(ペンシルベニア大学)に派遣。このとき大型組み合わせ銅版画の中で最も大きい作品となる《エノラ・ゲイ》の制作にとりかかる。1994年《エノラ・ゲイ》を含む銅製の船の立体作品などと組み合わされたインスタレーション《Calder Hall Ship Project》を発表。1995年に大阪トリエンナーレ1994の関西ドイツ文化センター・デュッセルドルフ市特別賞により渡独。ドイツ、デュッセルドルフ市から提供されたアトリエで《原子力発電所》《象の檻》《世界地図》の3つのシリーズからなる大型の絵画(紙)を制作する。その後、引き続きアトリエ・ヒューアベックの助成を受けデュッセルドルフに滞在。
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