ティム・ローズとジミ・ヘンドリックス(1966年)
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「ヘイ・ジョー」の記事における「ティム・ローズとジミ・ヘンドリックス(1966年)」の解説
フォークロック歌手のティム・ローズによるこの楽曲のもっと遅いバージョン(1966年に録音され、ローズによる完全な伝統民謡の編曲だと主張されている)は、ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスによる初シングルに触発されたものである。アニマルズの元ベーシストであるチャス・チャンドラー、現在は他の歌手のマネージメントに注力する人物、はニューヨーク市のCafe Wha?と言うクラブでローズがこの曲を演奏しているのを見て、ロック版の「ヘイ・ジョー」を録音するアーティストを探していた。チャンドラーは、1966年にCafe Wha?で演奏していてローズの表現に触発された「ヘイ・ジョー」の編曲を披露していたジミ・ヘンドリックスを発見した。1966年9月にチャンドラーは自分と一緒にヘンドリックスを英国に連れて行くことに決め、そこで彼は後にこのギタリストをスターへと変貌させた。ローズは1990年代に「ヘイ・ジョー」を再び録音すると題名を「Blue Steel .44」に変え、この楽曲を伝統民謡の彼自身の編曲として主張した。 英国バンドのザ・クリエーションによる曲の遅いバージョンが、ヘンドリックス盤の着想になったと一部の記述には書かれている。チャンドラーとヘンドリックスは、英国に到着した後に彼らがこの曲を演奏するのを目撃したが、ザ・クリエーションのバージョンはヘンドリックスの後までリリースされなかった。ザ・クリエーションのメンバーがティム・ローズのバージョンを聞いていたかは不明である。 1966年12月にリリースされたヘンドリックス盤は1967年1月に全英シングルチャートのトップ10に入り、最高6位と言うヒット曲になった。同シングルはB面を「51st Anniversary」にして1967年5月1日に米国でリリースされたが、チャート入りしなかった。にもかかわらず、ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスによって録音されたザ・ブレイカウェイズのバッキング・ボーカルが付いた「ヘイ・ジョー」は同楽曲の最もよく知られたバージョンとなっており 、ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500の第201位に挙げられている。2009年には、VH1によってグレイテスト・ハードロックソング・オブ・オールタイムの第22位に名が挙がった。「ヘイ・ジョー」は、1969年にウッドストック・フェスティバルでヘンドリックスが演奏した最後の曲で、それ自体フェスティバル全体の最終曲でもあった。その歌は、まだフェスティバルを去ろうとしない8万人に及ぶ群衆のアンコール声援に応えて披露されたものである。
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