チュニジア旅行~早すぎた晩年
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「アウグスト・マッケ」の記事における「チュニジア旅行~早すぎた晩年」の解説
1913年秋から翌年にかけては、スイスの景勝地トゥーン湖畔に滞在して制作した。湖の風景や湖畔を散策する人々を題材とした作品が残っている。没年となる1914年の4月には、クレー、ルイ・モワイエ(スイス出身の画家で、クレーをマッケに紹介した)とともにアフリカの地中海岸にあるチュニジアへ旅行している。この旅行はチュニス、ハマメット、カイルアンなどの都市をめぐり、わずか2週間ほどの滞在であったが、チュニジアの風景と鮮烈な色彩は画家たちに強い衝撃を与え、マッケはこの旅行中に代表作に数えられる数十点の水彩画を残している。この旅行は、同行したクレーにとっても、画風の転換をうながす重要なものであった。 このチュニジア旅行から帰ったマッケは新たな画風を模索していたが、マッケに残された時間はあまり多くなかった。1914年8月、第一次世界大戦が勃発し、この大戦でマルクを含む多くの芸術家も犠牲になった。マッケは同年9月26日、シャンパーニュの前線で戦死した。まだ27歳の若さであった。
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