ソ連国土防衛戦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/01 14:29 UTC 版)
「マブラヴ オルタネイティヴ」の記事における「ソ連国土防衛戦」の解説
カシュガルから西進を開始したBETAはソ連を構成する中央アジア諸国へと侵攻。ソ連軍は戦術機による機動防御や戦術核による焦土戦術を展開したが効果はなく1975年にはカザフスタンにウラリスクハイヴ(H3:甲3号目標)が建設された。ソ連軍はソ連経済の心臓部であるスターリングラードなどヴォルガ河流域の重工業地帯を守るためコーカサスに防衛線を構築したがBETAの攻勢によって突破された。共産党政府はヨーロッパロシアの放棄を決断し、首都機能をハバロフスクに移転させ、国内主要産業の疎開を開始した。 1976年には首都モスクワが陥落、白ロシアにミンスクハイヴ(H5:甲5号目標)が建設され、1977年にはBETAがウラル山脈にまで到達、ソ連軍は戦力をウラル以東に退避させた。
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