ソ連・モンゴル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/15 08:46 UTC 版)
詳細は「ノモンハン事件」および「シベリア抑留」を参照 上記の太平洋戦争における日本の敗戦に伴い発生した事例とは異なり、ソビエト連邦やモンゴル人民共和国には太平洋戦争勃発以前から「残留日本兵」が存在していた。その殆どはノモンハン事件の際に捕虜となり、共産主義に転向したり、現地のロシア人女性と結婚するなどして、共産圏の民として生きる事を決意したものたちであった。シベリア抑留の折に、少なからぬ抑留日本兵がこうした残留日本兵に遭遇しており、抑留日本兵の中からも共産主義に転向してそのまま現地に残留するものも現れ、最終的に約800名が残留日本兵となった。2017年に確認が可能な最後の残留日本兵田中明男が72年ぶりにロシアから帰国した。
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