ソチオリンピック以降(2014 - )
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「エフゲニー・プルシェンコ」の記事における「ソチオリンピック以降(2014 - )」の解説
2014年3月に脊椎手術を成功し、自身にとって5度目のオリンピックとなる平昌五輪への意欲を表明し「メダルも狙っています」と述べた。2018年ロシア選手団平昌五輪参加候補者名簿にプルシェンコは承認された。実現すればその時にプルシェンコは35歳となる。元アイスダンス選手のイリヤ・アベルブフはプルシェンコの2018年参加について懐疑的な見方を示し、「復帰の意思があるならば競技会に参加すべきである。ロシアの若手にとってはプルシェンコが既に大きな重圧となっており、そろそろ身を退くときでは」と述べている。 日本のテレビ番組炎の体育会TV 2014年5月3日、11月1日、11月15日、本田望結と共に出演している。 2014年のロシア選手権には出場しなかったものの、EXには登場した。2015年には、メダルウィナーズオープンに出場し、優勝。 2015-2016シーズンは背中の怪我のために欠場を余儀なくされた。
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ソチオリンピック以降
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2014-2015シーズンのGPシリーズでは、中国杯で3位に入るも、NHK杯はフリーでザヤックルール違反を犯してしまい4位に終わる。全日本選手権ではSP9位と大きく出遅れるが、フリーで挽回して4位に。同大会では総合5位に留まったが、過去の実績等が考慮され5年連続5回目の世界選手権(中国・上海市)代表入りを獲得した。その世界選手権のSPではシーズンベストを更新する4位の好位置につけたがフリーのみでは8位と順位を下げて総合成績は7位に留まり、念願の世界選手権メダル獲得はならなかった。 2015-2016シーズンのGPシリーズでは、スケートカナダで4位、続くエリック杯では、パリ同時多発テロの影響でフリーが中止になり、SPの結果だけで最終成績は4位に終わり、2戦とも表彰台を逃した。全日本選手権は、総合6位に終わり、世界選手権(アメリカ合衆国・ボストン)、四大陸選手権代表から落選。しかし、浅田真央が四大陸選手権の出場を辞退したため、急遽繰り上げ出場となった。SPは3季ぶりにパーソナルベストを更新し、2位につけたがフリーで失速し、総合7位となった。
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