スコアの出版
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/07 04:48 UTC 版)
「交響曲第5番 (ニールセン)」の記事における「スコアの出版」の解説
第5交響曲については3つの版が出版されている。 ボルプス音楽出版社、1926年。エドウィン・F・カルマス出版社、クラーク・マカリスターの序文付で、1983年3月に復刊。 スカンジナヴィスク音楽出版社、1950年。エミール・テルマニーとエリク・トゥクセンによる編集。 カール・ニールセン全集、1997年。ミヒャエル・フェルドソー(Michael Fjeldsøe)による編集。 ニールセンのいつもの出版社であるヴィルヘルム・ハンセン社では交響曲の出版のため満足できるような条件が得られなかったので、ニールセンはこの交響曲を捧げたカール・ヨハン・ミヒャエルソンに頼った。この作品の価値を知る大実業家であったミヒャエルソンは、ボルプス音楽出版社に融資をした。ボルプス音楽出版社は、第5交響曲の初版を発行するという大事業に1926年に取り掛かった。ニールセンはこの作品に対して、彼が予想したより2倍か3倍多い額である2000クローネを受け取った。 1950年にスカンジナヴィスク音楽出版社は、エリク・トゥクセンを中心とした編集による、短いコメントの付いた新しいスコアを出版した。楽器編成や、小節の区切りや、音の動きに修正が加えられた。大きな変更としては、第2楽章の最初のアレグロで調号(3つのシャープ記号)を取り除いたことだった。この改変はニールセンの意図しなかったことであるという理由で何度も批判を受けた。エミール・テルマニーは、トゥクセンの共編者としてこの楽譜に名前が載っているが、トゥクセンがオーケストラの楽譜に「必要」以上に手を入れたとしてトゥクセンを後に締め出した。 1997年のカール・ニールセン全集は、デンマーク王立図書館とヴィルヘルム・ハンセン社との共同作業で作られたものである。この版は、ニールス・マルチン・イェンセンの総編集の下、ボルプス音楽出版社版に基づいている。
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