スクリュープロペラの登場とは? わかりやすく解説

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スクリュープロペラの登場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/25 02:22 UTC 版)

蒸気船」の記事における「スクリュープロペラの登場」の解説

18世紀末頃から19世紀初めにかけて、多数スクリュープロペラ考案されたが実用に用いられなかった。 イギリスのフランシス・ペティ・スミスが1836年5月31日スクリュープロペラ特許取り、「フランシス・P・スミス」号(6トン)を造り2ピッチ長いスクリュープロペラでの実験始めた。偶然水中プロペラ破損した後で船速が上がりこの後、1ピッチのものに変更して5.5ノットまで速度上げられた。出資者得られたため、シップ・プロペラ社を設立して本格的なスクリュー船の建造始めたスミスその後、ラトラー号のスクリュープロペラ設計する同時期にスウェーデン人ジョン・エリクソンスミスの6週間後に特許取り、翌1837年船長14mの「フランシス・B・オグデン」号を造ってロンドンテムズ川100トン石炭はしけ4隻を5ノットで曳いて見せた英海軍高官水面下推進軸のための穴を嫌い、直進性欠けているはず、風に対して安定という評価によって軍艦へは不採用となった翌年1838年には36トンの「ロバート・F・ストックトン」号を造ったが、イギリスでは進展得られなかったため、1839年帆走によって米国へ渡ったストックトン号はプロペラ2つから1つ改造受けた後、デラウェア川曳き船となったエリクソン自身その後米海軍造船協力したその後徐々にスクリュープロペラ備えた船が造られるが、まだ帆船主体であり、蒸気船でも外車によって推進されるものが主体であった1850年船舶総トン数では帆船9に対して蒸気船1の比率であった

※この「スクリュープロペラの登場」の解説は、「蒸気船」の解説の一部です。
「スクリュープロペラの登場」を含む「蒸気船」の記事については、「蒸気船」の概要を参照ください。

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