クリュメノスの子とは? わかりやすく解説

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クリュメノスの子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/17 06:05 UTC 版)

エルギーノス」の記事における「クリュメノスの子」の解説

このエルギーノスは、ボイオーティア地方都市オルコメノスの王クリュメノスの子で、ストラティオスアローン、ヒュレオス、アゼウスと兄弟プリクソスの子プレスボーンの孫にあたる。トロポーニオスとアガメーデースの父。 クリュメノステーバイ人殺されたとき、エルギーノステーバイ戦争して勝利し莫大な賠償テーバイ要求した。しかし後にテーバイ若き英雄ヘーラクレースによって解放された。アポロドーロスによると、エルギーノステーバイ毎年百頭牝牛貢ぐことを20年続けるよう命じた。しかしヘーラクレース賠償受け取り訪れたオルコメノス使者の耳や鼻、手を切り落して縄で結びつけ、それを貢物と言って追い返した戻ってきた彼らを見たエルギーノス怒りテーバイ進軍したが、アテーナーから武器授かったヘーラクレーステーバイ軍を率いてエルギーノス討ちオルコメノス軍を大敗させた後、テーバイ課されていた賠償の2倍の貢物オルコメノス人に強制した。なお、この戦いでヘーラクレースの父アムピトリュオーン戦死したシケリアのディオドロスによると、戦争勝利したエルギーノステーバイ人反抗できないようにすべての武具没収したヘーラクレースオルコメノス使者暴虐な仕打ち加えた後、エルギーノステーバイクレオーンにどう責任を取るのかを問い質すと、クレオーンヘーラクレース引き渡そうとした。しかしヘーラクレース過去の戦争戦利品として神殿奉納されていた武具持ち出しオルコメノス戦って自由を取り戻すことをテーバイ人呼びかけた。そして軍を率いてオルコメノス大軍隘路打ち破り、町に火を放って破壊したパウサニアスエルギーノスヘーラクレースとの戦争で命を落とさなかったと伝えている。大敗喫したエルギーノスヘーラクレース和睦した後、オルコメノスの富と名誉の回復努めた。しかし年老いたとき後継ぎがいなかったので、子をもうける方法デルポイの神託うかがったエルギーノス届けられ神託結婚勧めていると解釈し若い女性結婚したところ、トロポーニオスとアガメーデースが生まれた。ただし、パウサニアスはトロポーニオスの本当父親アポローンであった多く人間信じていたことを伝えている。 ピンダロスアルゴナウタイエルギーノス同一視している。

※この「クリュメノスの子」の解説は、「エルギーノス」の解説の一部です。
「クリュメノスの子」を含む「エルギーノス」の記事については、「エルギーノス」の概要を参照ください。

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