ギリシア・ローマ時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/06/30 02:11 UTC 版)
フランスの地中海沿岸地域やイタリア半島北中部とイベリア半島北東部を結ぶ海上交通路の途中にあるため、古くからロザス湾では交易活動が行われており、また交通の要衝であるため軍事行動も行われた。ギリシア都市国家ポカイアからマッサリア(現・マルセイユ)を経由してやってきたギリシア人はロザス湾岸に植民し、575年にアンプリアス(現・ラスカーラ郊外)、続いてローデ(現・ロザス)と、ロザス湾の南北端の町に商業施設を設立した。アンプリアスはイベリア半島北東部の商業および交易拠点として繁栄し、イベリア半島最大のギリシア植民都市となった。 紀元前3世紀のポエニ戦争の際にはローマと同盟を結び、紀元前218年にはプブリウス・コルネリウス・スキピオによるヒスパニア征服の入口となった。ロザス湾沿岸地域はヒスパニア・タッラコネンシス属州の一部となったが、タッラコ(現・タラゴナ)やバルチーノ(現・バルセロナ)の繁栄とともにアンプリアスの地位は徐々に後退していった。
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