ウィルソン山での測定
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/10 12:14 UTC 版)
「アルバート・マイケルソン」の記事における「ウィルソン山での測定」の解説
1906年、アメリカ国立標準局の E. B. Rosa と N. E. Dorsey が電気を使った全く新たな測定法を考案し、299,781±10 km/s という測定値を得た。ただし当時の電気に関する知識の不足から、後にこの測定値は低い方に偏っていたことが判明している。 1920年からマイケルソンはウィルソン山天文台で最終的な光速度の測定を行う計画を立て始めた。それは、ウィルソン山から東に22マイルほど離れたサンアントニオ山の南の稜に突き出たルックアウト山までを基線とする計画である。 1922年、米国沿岸測地測量局は2年をかけ、新たに利用可能となったインバーのテープを使ってその基線の測量を綿密に行った。1924年に基線の長さが確定すると、さらに2年をかけて光速度の測定を行い 299,796±4 km/s という値を得た。 この測定は、山火事で発生した煙で鏡像がぼやけるなど多数の問題に見舞われたことでも有名である。また、1925年6月29日にマグニチュード6.3のサンタバーバラ地震が起き、基線の測量に100万分の1程度の誤差が生じたと見られている。
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