アフガニスタン国立博物館
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アフガニスタン国立博物館(2005年)
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| 施設情報 | |
| 収蔵作品数 | 1978年時点で10万点以上。現在は約5万~8万点。[1][2][3][4] |
| 館長 | モハマド・ズバイール・アベディ[1] |
| 開館 | 1922 |
| 所在地 | アフガニスタン、カブール |
| 位置 | 北緯34度28分3秒 東経69度7分12秒 / 北緯34.46750度 東経69.12000度座標: 北緯34度28分3秒 東経69度7分12秒 / 北緯34.46750度 東経69.12000度 |
| 外部リンク | web |
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アフガニスタン国立博物館(アフガニスタンこくりつはくぶつかん、ダリー語:موزیم ملی افغانستان (Mūzīyam-e Millī-ye Afghānistān)、パシュトー語:د افغانستان ملی موزیم (Də Afghānistān Millī Mūzīyəm)、英語:National Museum of Afghanistan)[5]は、アフガニスタンのカブール市ダルラマン地区ダルラマン宮殿の向かい側の小道に位置する国立の博物館である。
かつてはイラン文化、仏教文化、イスラーム文化など数千年にさかのぼる10万点以上の所蔵品を有し、中央アジアにおけるもっとも重要なものであるとみなされていた[6]。ところが1992年に内戦が始まると、幾度もの略奪や破壊の憂き目に遭い、所蔵品の7割が失われた[7][8]。2007年以降多くの国際機関が遺失物の回収を支援しており、8000点以上の実績を上げている。
歴史
博物館は、バーラクザイ朝時代アマーヌッラー・ハーンの治世下の1919年に開館した[9]。
収蔵品はもともとバグ=エ・バラ宮殿内の収集であったが、1922年に移転、「珍品の部屋」としてその幕を開けた[10]。現在の場所に移されたのは1931年のことである[11]。歴史家ナンシー・デューティーは1964年『カブール博物館案内』を共著した。1973年、デンマーク人に新たに館の設計を依頼したが、施工はされなかった[12]。同年王政が倒れ、1978年には共産主義政権が成立。その翌年ソ連が政権の支援のため軍事介入し、10年後の1988年、撤退。しかし情勢は安定とは程遠かった。そうした混迷の情勢を背景に、1989年にはバクトリアの金がアフガニスタン中央銀行の地下金庫に隠されるなどした[7]。
1990年代初頭、ソ連解体に引きずられる形でナジブッラー政権が崩壊、内戦が始まる。これにより博物館は破壊され、収蔵品の7割が失われた[7]。1993年5月のロケット攻撃では古代の陶器が瓦礫の下に埋まる事態となった[13]。こうした事態を受け、ラッバーニー政権(情報文化省)は、保護のため収蔵品をカブール・ホテルへ輸送するよう指示した[12]。
1996年9月、職員らが残りの物品の目録を完成させた[6]。2000年ごろになるとターリバーンが台頭、実権を握るようになる。2001年2月から3月にかけ、ターリバーン政権は宗教的な理由から無数の美術品を破壊した[14]。同年11月には2750点以上の古代の美術を破壊したとされる[15]。
2001年より始まった対テロ戦争によりターリバーン政権が崩壊。米国らの支援を受けた北部同盟が政権を掌握した。そのような背景のもと、2003年から2006年にかけ、約35万ドルを費やし建物の改修が行われた。重要収蔵品は金属製の箱に封印され安全のため退避されていたが回収、また物品の一部がカブールの金庫[16]やスイス[17]で発見、2004年に改修され目録が作成された[18]。
2007年以降、ユネスコとインターポールは8000点以上の物品回収を支援してきた。最新のものとしては、ドイツからの石灰岩彫刻や、2012年に大英博物館からのべグラム象牙など約850点の遺物が挙げられる。
2013年、博物館はシカゴ大学東洋研究所と協力してモバイル博物館事業を始動した。2013年から2016年にかけては所蔵品の模造品をアフガニスタン全土の学校に届けた[19]。また、新たな施設も新設された[20]。
ところが2021年ターリバーン攻勢におけるカブール陥落後、ターリバーンによる破壊活動の懸念が再燃する中、2016年から同館の館長を務めているモハメド・ファヒム・ラヒミはその任に留まり所蔵品の保全を誓った[19]。2023年3月現在、モハメド・ズバイル・アベディが同博物館の館長代理を務めている[1][21]。
所蔵
博物館にはクシャーナ朝や初期イスラム時代の遺物を含む数多くの象牙の宝物が収蔵されている。1990年代を生き延びたとされる最も有名な遺物の一つが、カニシカ王のラバタク碑文である。
考古学的資料
この博物館は、アフガニスタンでも最上級の考古学的発見物を収蔵している[22]。
- ディルベルジンのフレスコ画
- 碑文、建築の断片、彫刻、金属製品、およびアイ・ハヌームとスルフ・コタルにおける、フランスの発掘調査から救出された貨幣
- バグラム市の商人の倉庫で発見された、インドの象牙、漢土の鏡、ローマ帝国のガラス製品などを含む第一級の物品。
- ハッダの漆喰の頭部
- テペ・サルダルおよびアフガニスタンの他の僧院から発見された仏教彫刻。
- ガズニーで発見されたガズナ朝、ティムール朝時代のイスラーム美術
貨幣
本館は膨大な歴史的硬貨を所蔵しており、オーストリアの貨幣学者ロバート・ゲーブル[23]はユネスコ後援の所蔵品監査でその総数を約3万点と報告している。アフガニスタンにて発掘された貨幣の大部分を所蔵している。全体は公開されていないが個々の埋蔵品や遺跡について公表はされている。アフガニスタンにおけるフランス考古学代表団(DAFA)はスクル・コタルの町で発見された硬貨を成果物として公開した。べグラムで発掘された物品は一部公開されている。ミル・ザカハ埋蔵品の一部は博物館に保管されていた。この極めて特異な埋蔵品には紀元前4世紀から紀元後3世紀にかけての膨大な数の銀貨と銅貨が含まれていた。埋蔵品の一部はDAFAによって公表されている。博物館は貨幣学者を学芸員に任命したが、その収集は学者にも一般にも公開されていない。
旅する宝物
バグラム、アイ・ハヌーム、テペ・フルロルの出土品、ティリヤ・テペの6基の墓から出土した金細工などの重要な所蔵品は2006年より世界を股にかけた巡回展示を続けている。これらはフランスのギメ東洋美術館、米国の4つの博物館、豪州の4つの美術館、カナダ歴史博物館、ドイツのボン博物館で展示され、最近では大英博物館でも公開された。巡回展示は継続中で、最終的にはアフガニスタン国立博物館に返還される予定である。
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女性の冠、ティリヤ・テペ、紀元1世紀
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銃剣を持った男、ティリヤ・テペ、紀元1世紀前半
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西スキタイ人による金細工の例、ティリヤ・テペ、紀元1世紀
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ティリヤ・テペ仏教硬貨。紀元前1世紀~紀元後1世紀
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顔の彫像、アイ・ハナム、紀元前2世紀
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クレタの墓碑、イハネム、紀元前2世紀
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アイ・ハヌームの太陽時計
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キュベレーが二頭の獅子に引かれる様子を描いた石板、アイ・ハヌーム、紀元前2世紀
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テペ・フルオル碗の破片、紀元前3千年紀
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ラバタク碑文、バクトリア語で記されギリシャ文字で書かれたもの、1993年に発見
関連項目
- アフガニスタン国立公文書館
- アフガニスタンの文化
- カーラ・グリスマーン
引用
- ^ a b c “Over 50 instances of artifact smuggling prevented in last 18 months: officials”. Ariana News. (2023年3月21日) 2023年3月22日閲覧。
- ^ “Director Says National Museum Needs Larger Building for Major Exhibits”. TOLO News. (2022年10月12日) 2025年11月13日閲覧。
- ^ “The Taliban destroyed Afghanistan's ancient treasures. Will history repeat itself?”. National Geographic Society. (2021年8月14日). オリジナルの2021年8月13日時点におけるアーカイブ。 2023年3月22日閲覧。
- ^ “National Museum of Afghanistan express growing concerns for the safety of ancient artefacts in the region”. Mashable. (2021年8月18日) 2023年3月22日閲覧。
- ^ “National Museum of Afghanistan (Louvre Partner)”. www.nationalmuseum.af. 2025年11月10日閲覧。
- ^ a b Girardet, Edward; Jonathan Walter, eds (1998). Afghanistan. Geneva: CROSSLINES Communications, Ltd.. p. 291
- ^ a b c Lawson, Alastair (2011年3月1日). “Afghan gold: How the country's heritage was saved”. BBC 2011年3月1日閲覧。
- ^ Burns, John F. (1996年11月30日). “Kabul's Museum: The Past Ruined by the Present”. The New York Times
- ^ Afghanistan: Hidden Treasures from the National Museum, Kabul (2008), p. 35. Eds., Friedrik Hiebert and Pierre Cambon. National Geographic, Washington, D.C. ISBN 978-1-4262-0374-9.
- ^ Meharry, Joanie Eva "The National Museum of Afghanistan: In Times of War" Archived 2010-09-06 at the Wayback Machine., The Levantine Review
- ^ “National Museum of Afghanistan - SILK ROAD”. en.unesco.org. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
- ^ a b “KABUL MUSEUM”. Encyclopædia Iranica.
- ^ “Museum Under Siege: Full Text - Archaeology Magazine Archive”. archive.archaeology.org. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
- ^ “Destruction in Kabul: I watched as the Taliban destroyed my life's work”. BBC News. (2016年1月20日). オリジナルの2018年2月12日時点におけるアーカイブ。 2019年2月15日閲覧。
- ^ “Taliban destroyed museum exhibits”. The Daily Telegraph. (2001年11月23日)
- ^ “Interviews: Priceless Afghan Treasures Recovered”. NPR.org
- ^ “Afghan treasures return to Kabul”. BBC News. (2007年3月17日)
- ^ Afghanistan: Hidden Treasures from the National Museum, Kabul (2008), pp. 37-53. Eds., Friedrik Hiebert and Pierre Cambon. National Geographic, Washington, D.C. ISBN 978-1-4262-0374-9.
- ^ a b “Afghan national museum chief on institute's future: 'I was ready to give my life for it'”. The National (2021年9月15日). 2021年10月4日閲覧。
- ^ “U.S. and Afghan Officials Inaugurate New Facilities for the National Museum”. kabul.usembassy.gov (2013年12月5日). 2014年2月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年1月24日閲覧。
- ^ “57 Ancient Coins Handed Over to National Museum”. TOLOnews. (2023年3月22日) 2023年3月22日閲覧。
- ^ “National Museum Displays 1,200 Recovered Artifacts”. TOLOnews. (2021年5月20日) 2023年3月22日閲覧。
- ^ Göbl (1962年7月4日). “Report on mission as field expert numismatist at the National Museum at Kabul: Afghanistan”. UNESCO. 2019年2月15日閲覧。
外部リンク
- Visiting the National Museum of Afghanistan - YouTube (Shamshad TV, Nov. 7, 2024 )
- The National Museum of Afghanistan - YouTube
アフガニスタン国立博物館
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/07 14:05 UTC 版)
「カーブル」の記事における「アフガニスタン国立博物館」の解説
アフガニスタンがイギリスから独立して3年後の1922年、首都カーブルに設立される。収蔵品は王族の収集したコレクションを母体とし、アフガニスタンの遺跡から発掘したものも多く、7世紀以前のものだけでも10万点ほどあったという。1989年にソ連軍が撤退後に治安が悪化、当時の館長の指示を受けて特に貴重な収蔵品は大統領府にある中央銀行の地下金庫に運び込まれた。それらは無事だったものの博物館全体としては大きな被害を受け、4万点近い収蔵品が盗み出されたことが判明している。
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