アストリア線
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/10/14 08:04 UTC 版)
「ニューヨーク市地下鉄8系統」の記事における「アストリア線」の解説
8系統 (BMT) 凡例 アストリア線 (1917年 - 1949年) ディトマース・アベニュー駅 ホイト・アベニュー駅 グランド・アベニュー駅 ブロードウェイ駅 ワシントン・アベニュー駅 ビービ・アベニュー駅 クイーンズボロ・ブリッジ・プラザ駅 クイーンズボロ線 8系統はクイーンズボロ・プラザ駅よりクイーンズボロ線(現在のIRTフラッシング線の一部)の延長線として1917年2月1日に開業したアストリア線の列車に最初に与えられた。また、コロナ線(現:フラッシング線)はクイーンズボロ・プラザ駅より別の支線として建設されていた。また、当時クイーンズボロ線はスタインウェイ・トンネルの向こう側、グランド・セントラル駅止まりであった。 1917年7月23日にIRT2番街線列車がクイーンズボロ橋を越えてクイーンズボロ・プラザ駅への乗り入れ、アストリア線あるいはコロナ線への直通を開始した。この接続の開通直後は高架線列車がアストリア線、地下鉄列車がコロナ線へ直通していたが、1923年にこの運行形態が見直され高架線・地下鉄線のどちらの列車もアストリア・コロナ両線への乗り入れを行うようになった。1926年3月22日にクイーンズボロ線は5番街駅まで延伸され、1927年3月14日にタイムズ・スクエア駅まで延伸された。 1923年4月8日、BMTのシャトル列車(偶然にも8系統と名付けられた)がアストリア線での運行を開始した。アストリア線のIRTとBMTの共同運行は1949年10月17日に終了し、全てのIRT列車はフラッシング線、BMT列車はアストリア線の運行を行い、他社線への直通は廃止された。なお、IRTの8系統は社内での呼称は1917年の開業時から使用されていたが、一般の乗客向けへの案内として使用されたのは1948年からであったので、乗客がアストリア線のIRT列車を8系統として認識できたのは僅か1年だけであった。
※この「アストリア線」の解説は、「ニューヨーク市地下鉄8系統」の解説の一部です。
「アストリア線」を含む「ニューヨーク市地下鉄8系統」の記事については、「ニューヨーク市地下鉄8系統」の概要を参照ください。
- アストリア線のページへのリンク