塙凹内名刀之巻
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『塙凹内名刀之巻』(はなわへこないめいとうのまき)は、1917年(大正6年)6月30日公開の日本の短篇アニメーション映画である。2007年(平成19年)に玩具版が発見され、現存する日本最古のアニメーション作品として知られる[1][2]。『なまくら刀』(-がたな)とも[3]。
- ^ 戦前のアニメ作品を無償公開! アニメの歴史が分かるサイト「日本アニメーション映画クラシックス」オープン
- ^ 日本最古級のアニメを発掘、復元 フィルムセンター
- ^ 渡辺泰・原口正宏・小黒祐一郎他 (1989, p. 5)。制作時は『なまくら刀』だったが、劇場公開時に『塙凹内名刀之巻』と改題されて公開された。ただし、タイトル表記は『なまくら刀』のままとなっている。
- ^ 1915年や1916年とする異説もある。北山清太郎の項を参照。
- ^ かつて1917年1月に公開されたのは『芋川椋三玄関番の巻』とされていた。詳細は『芋川~』の項を参照。
- ^ a b 山口且訓・渡辺泰 (1977, p. 192)
- ^ 活動之世界編集部 (1917, p. 27)より。この評では『塙凹内名刀之巻』でなく“凸坊新画帖『試し斬』(小林商会作帝国館上場)”という題で紹介されている。 日本で線画の出来る様になったのは愉快である、殊に小林商会の『ためし斬』は出色の出来栄で、天活日活のものに比して一段の手際である、殊に題材の見付け方が面白い、日本の線画は成るべく日本の題材で行きたい『試し斬』といふ純日本式題材を捉へて来て、之を滑稽化した所に、凸坊式面白味が溢れて居る、日活の線画が、人物は日本のものにしながら、その行き方を舶来其儘に仕て居るのは断じて不得策、之では舶来映画に比して、直ちに見劣りのするのが目につく、殊に駒数を惜む為め、人物の動作が甚だしく断続的になるのは見苦しい、この『ためし斬』はやゝ完全に其の弊が除かれて、かなり人物の動きが尋常であった。言ふ迄もなく、線画の妙味は線にある。『ためし斬』は外は無難であったが、人物の表情が如何にも悪感であった、凸坊画帳は、如何なる場面にも表情は凸坊式愛嬌がなくてはならぬ。日活の猿蟹合戦は、日活線画中の代表作であるが、線が太くてぞんざいで、変化がなく、蟹にも猿にも表情のなかったのは遺憾である。線画に於ては、猿蟹は固より、場合によっては生なき物にも表情が必要である、そして、その表情に多少の人間味を加味するといふ事が大切である。現在の日本線画は此点に於て総て工夫を欠いて居る。此の『ためし斬』の後半に、影絵を応用したのは仲々の思ひ付きであった。 — 活動之世界社『活動之世界』1917年9月号「映画評 凸坊新画帖『試し斬』(小林商会作帝国館上場)」
なお、この評は山口且訓・渡辺泰 (1977, p. 192)に全文引用されている。
- ^ 新美ぬゑのツイート 2017年7月4日
- ^ 山口且訓・渡辺泰 (1977, p. 11)
- ^ アニメーション思い出がたり[五味洋子]その59 この頃のアニ同 - WEBアニメスタイル
- ^ 日本映像学会公式サイト内の記事「日本最古の劇場公開アニメーション作品『なまくら刀』と『浦島太郎』の上映とその発見の意義」の記述を参照。
- ^ なまくら刀(塙凹内名刀之巻)[デジタル復元版]・浦島太郎[デジタル復元版] - 東京国立近代美術館フィルムセンター
- ^ a b 大傍正規「複数バージョンとデジタル復元の現在」『NFCニューズレター』第117号、2014年、2-3頁。
- ^ a b c “最古の国産アニメに未確認フィルム”. 読売新聞・東京夕刊: p. 8. (2018年1月5日)
- ^ 発掘された映画たち2018 - 東京国立美術館フィルムセンター
- 1 塙凹内名刀之巻とは
- 2 塙凹内名刀之巻の概要
- 3 スタッフ
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