きれいな核
(きれいな原爆 から転送)
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きれいな核(きれいなかく)とは、日本共産党が東西冷戦下において共産主義国の核武装を正当化していた主張を簡略化して流布されていたレトリック[1]。きれいな原爆と表現されることもある[2][3][4][5][6]。
- ^ 須田努『イコンの崩壊まで: 「戦後歴史学」と運動史研究』(青木書店、2008年)p.95
- ^ 兵本達吉『日本共産党の戦後秘史』(産経新聞出版、2005年)p.311-312
- ^ 佐々淳行『ポリティコ・ミリタリーのすすめ』(都市出版、1994年)p.214
- ^ 佐々淳行『危機の政治学』(新潮社、1992年)p.176
- ^ 市河政彦・村尾行一『二人で語る牧口価値論: 創価の思想編』第1巻(新世紀研究会、2003年)p.215
- ^ a b c 「日本共産党はソ連の原爆はOKだと言った」サンデープロジェクトで田原氏。2007年07月09日2023年7月2日閲覧。
- ^ 黄文雄 (評論家)『2008年の国難: 日本の敵は!?味方は!?』(ビジネス社、2007年)p.207
- ^ 日本共産党出版局『核兵器全面禁止と原水禁運動』(日本共産党中央委員会出版局、1973年)p.39-41
- ^ 『理論政策』第66~71号(日本共産党中央委員会出版部、1973年)p.79
- ^ 「極度に侵略的な戦略を完成しようとするアメリカの核実験にたいして、ソ連が防衛のための核実験をおこなうことは当然であり、世界大戦の勃発を阻止するための不可欠の措置にほかならない。」『前衛』1962年10月号掲載、上田耕一郎元副委員長論文「2つの平和大会と修正主義理論」より。
- ^ 日本共産党出版局『核兵器全面禁止と原水禁運動』(日本共産党中央委員会出版局、1973年)p.78-79
- ^ 参議院会議録情報 第046回国会 予算委員会 第2号
- ^ 『朝日ジャーナル』1980年8月15日号(朝日新聞社、1980年)p.6-7
- ^ 宮地「核・原子力問題にたいする共産党3回目の誤り」
- ^ 大江健三郎『核の大火と「人間」の声』(岩波書店、1982年)p.21
- ^ “ことばウラ・オモテ 「誤爆」と「誤射」”. NHK放送文化研究所. NHK (2003年5月1日). 2023年1月13日閲覧。
- 1 きれいな核とは
- 2 きれいな核の概要
- 3 関連項目
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