『ジェミーソン星図』
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「アレクサンダー・ジェイミソン」の記事における「『ジェミーソン星図』」の解説
彼の名を後世に遺した『ジェミーソン星図』 (Celestial Atlas) は、1822年2月に初版、同年9月に第2版が発行された。彼は、当時人気のあったフランスのジャン・ニコラ・フォルタン(英語: Jean Nicolas Fortin)やドイツのヨハン・ボーデの星図のイギリス版を作成しようと考え、彼らのやり方を模倣した。 星図には30枚のプレートが収められていた。赤緯-37°から-42°の辺りまでカバーした26枚のプレートと、2枚の南天・北天の半球を示したプレート、天測航法の助けとなる北半球の明るい星々を示したプレート、月・金星・木星・土星の図表から構成された。各プレートは幅約9インチ、高さ約7インチで、ジェイミソンはもっと大きなものを作成したかったがコストの問題から縮小したと序文で述べている。100余りの星座が含まれており、その内容はボーデのウラノグラフィアとほぼ同じであるが、ジェイミソン自身が考案したナイルの水位計座、ふくろう座、日時計座の3つが含まれている。 ジェイミソンは、この星図の出版により1826年5月12日にロンドン天文学会(現在の王立天文学会)の会員に選出されたが、1833年2月6日には辞任している。 1824年11月には、星図に描かれたこれらの星座の絵をほぼ完全に模倣したいわば海賊版の『ウラニアの鏡』というカードが販売され、人気を博した。
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