「専攻部」廃止決定と事態の紛糾
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「申酉事件」の記事における「「専攻部」廃止決定と事態の紛糾」の解説
そのうえ文部省は、松崎校長辞任発令直後の5月6日、高商専攻部と帝大商科との重複は「学制上より見るも…不統一の嫌」があるとして1911年をもって前者を廃止するという省令を発した。また救済措置として高商本科生のうち進学希望者については帝大商科に無試験で入学させるとしたが、これに猛反対したのが東京・神戸の両高商の在学生であった。帝大への進学は現在の高商在学生のみに限るという過渡的措置となる見込みであった一方、東京高商の念願であった大学昇格の可能性はこれにより完全に断たれることになるからである。この危機に直面し、東京高商の在学生は5月11日学生大会を開催して抗議の総退学を決議、神戸高商側もこれに呼応する態度を見せた。
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