「つくる会」と歴史教科書
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/30 07:50 UTC 版)
「南京事件論争史」の記事における「「つくる会」と歴史教科書」の解説
1995年は戦後50周年で、富士信夫、渡部、田中正明らの著作が再刊も含めて刊行され、藤岡信勝、板倉由明、上杉千年らも教育雑誌で論文を発表し、なかでも藤岡は積極的に活動した。 自民党の終戦50周年議員連盟や歴史検討委員会は『大東亜戦争の総括』を刊行した。 1997年に新しい歴史教科書を作る会が結成され、教科書を作り、2001年4月に検定合格したが、中国と韓国が猛烈な採択拒否運動を起こして、採択率は0.04%にとどまった。 一方、加藤陽子は山川出版社の教科書で「犠牲者数を数万人〜40万人に及ぶ説がある」と書くにいたった。秦郁彦は「出所不明の40万人にはおどろかされた」と述懐している。
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