霊長目 進化

霊長目

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/08 17:36 UTC 版)

進化

真主齧上目
Euarchontoglires
真主獣大目 Euarchonta

霊長目 Primates

プレシアダピス目 Plesiadapiformes

ヒヨケザル目 Dermoptera

ツパイ目 Scandentia

グリレス大目 Glires

ネズミ目 Rodentia

ウサギ目 Lagomorpha

霊長類の最古の化石は、白亜紀末期の北アメリカ西部から発見されており、プレシアダピス類(偽霊長類)と呼ばれる。このように、霊長類の進化は約6,500万年前、白亜紀末期頃に始まったと考えられている[16]

新生代に入り暁新世になるとアダピス類とオモミス類が繁栄した。いずれもまだ原始的な種類で、アダピス類は後の曲鼻猿類に、オモミス類が直鼻猿類に進化したと考えられる。直鼻亜目と曲鼻亜目の分岐と同時期の6,300万年前に、直鼻亜目はL-グロノラクトンオキシダーゼビタミンC合成酵素)の酵素活性を失っている[17]。 アダピス類とオモミス類はヨーロッパと北アメリカに分布したが、何らかの環境要因によって北アメリカの霊長類は絶滅し、以降、ユーラシアとそれに近接していたアフリカという旧世界の大陸を舞台に霊長類の進化は進んだ。曲鼻亜目の一部は海によって他の大陸から隔絶されていたマダガスカル島にアフリカから進出し(恐らくは流木等に掴まっての漂着)、キツネザル類に進化していった。

その後、直鼻亜目が中新世にはアジア・アフリカに住む狭鼻猿類と南アメリカの広鼻猿類とに分かれる。上述のように北アメリカの猿類は絶滅したので、南米の広鼻猿類の祖先はアフリカから渡って来たとの説が有力である(当時、アフリカ大陸と南米大陸は既に分裂していたが、両大陸間の大西洋は現在と比較すれば狭く、距離は近かった。そのため小型の猿類ならば流木等を使って漂着できた可能性がある)。広鼻猿類の祖先やテンジクネズミ上科の祖先がアフリカでできた浮島に乗って大西洋を流されて南米大陸に到着したという説も紹介されている[18]。真猿下目の狭鼻猿類(旧世界ザル)と広鼻猿類(新世界ザル)とが分岐したのは3,000-4,000万年前と言われている[19][20]

人間の錐体細胞 (S, M, L) と桿体細胞 (R) が含む視物質の吸収スペクトル

脊椎動物色覚は、網膜の中にどのタイプの錐体細胞を持つかによって決まる。魚類両生類爬虫類鳥類には4タイプの錐体細胞(4色型色覚)を持つものが多い。よってこれらの生物は長波長域から短波長域である近紫外線までを認識できるものと考えられている。一方ほとんどの哺乳類は錐体細胞を2タイプ(2色型色覚)しか持たない。爬虫類の祖先から枝分かれした哺乳類の祖先は当初は4タイプ全ての錐体細胞を持っていたと思われるが、2億2500万年前には、最初の真の哺乳類と言われるアデロバシレウスが出現した。これら初期の哺乳類は(恐竜などの爬虫類との競争を避けたことで)主に夜行性であったため、色覚は生存に必須ではなかった。結果、4タイプのうち2タイプの錐体細胞を失い、青を中心に感知するS錐体と赤を中心に感知するL錐体の2錐体のみを保有するに至った。これは赤と緑を十分に区別できないいわゆる「赤緑色盲」の状態である。この色覚が哺乳類の子孫に遺伝的に受け継がれることとなった[21]

ヒトを含む旧世界の霊長類(狭鼻猿類)の祖先は、約3000万年前、X染色体にL錐体から変異した緑を中心に感知する新たなタイプの錐体(M錐体)視物質の遺伝子が出現し、ヘテロ接合体の2本のX染色体を持つメスのみが3色型色覚を有するようになり、さらにヘテロ接合体のメスにおいて相同組換えによる遺伝子重複変異を起こして同一のX染色体上に2タイプの錐体視物質の遺伝子が保持されることとなりX染色体を1本しか持たないオスも3色型色覚を有するようになった。これによって、第3の錐体細胞が「再生」された。3色型色覚はビタミンCを豊富に含む色鮮やかな果実等の発見に有利だったと考えられる[19][21]

時代を下ってヒトの色覚の研究成果により、ヒトが属する狭鼻猿類のマカク類に色盲がヒトよりも非常に少ないことを考慮すると、ヒトの祖先が狩猟生活をするようになり3色型色覚の優位性が低くなり、2色型色覚の淘汰圧が下がったと考えられる[21]。色盲の出現頻度は狭鼻猿類のカニクイザルで0.4%、チンパンジーで1.7%である[19]。広鼻猿類でもヨザルは1色型色覚であり、ホエザルは狭鼻猿類と同様に3色型色覚を再獲得している[19][22] とされている。他方、ホエザルは一様な3色型色覚ではなく、高度な色覚多型であるとの指摘もある[23]。これらのヨザル、ホエザルを除き残りの新世界ザル(広鼻下目)はヘテロ接合体のX染色体を2本持つメスのみが3色型色覚を有し、オスは全て色盲である。これは狭鼻下目のようなX染色体上での相同組換えによる遺伝子重複の変異を起こさなかったためである[19]。ヒトは上記のような初期の哺乳類と霊長目狭鼻下目の祖先のX染色体の遺伝子変異を受け継いでいるため、L錐体のみを保持したX染色体に関連する赤緑色盲が伴性劣性遺伝をする。男性ではX染色体の赤緑色盲の遺伝子を受け継いでいると色盲が発現し、女性では2本のX染色体とも赤緑色盲の遺伝子を受け継いでいる場合に赤緑色盲が発現する[24]。なお、日本人では男性の4.50%、女性の0.165%が先天赤緑色覚異常で、白人男性では約8%が先天赤緑色覚異常であるとされる(詳細は「色覚異常」を参照のこと。)。

狭鼻猿類と広鼻猿類の分岐からさらに時代を下って、ヒト上科オナガザル上科が分岐したのは、2,800万年から2,400万年前頃であると推定されている[25][26]。この際に、尿酸オキシダーゼ活性が消失したものと推定される[27]。尿酸オキシダーゼ活性の消失の意味付けは、尿酸抗酸化物質として部分的にビタミンCの代用となるためである[28]。しかし、ヒトを含むヒト上科では、尿酸オキシダーゼ活性の消失により難溶性物質である尿酸をより無害なアラントインに分解できなくなっているため尿酸が体内で析出する痛風に罹患することがある。

その後の人類への進化については人類の進化を参照のこと。


  1. ^ I, II and III (valid from 31 July 2021)<https://cites.org/eng> [Accessed 05/07/2021]
  2. ^ a b Colin P. Groves, "Order Primates," Mammal Species of the World, (3rd ed.), Volume 1, Don E. Wilson & DeeAnn M. Reeder (ed.), Johns Hopkins University Press, 2005, Pages 111 - 184
  3. ^ a b Tim H. Clutton-Brock 「霊長類」上原重男訳『動物大百科3 霊長類』伊谷純一郎監修 D.W.マクドナルド編、平凡社、1986年、6 - 17頁。
  4. ^ a b 日本モンキーセンター 霊長類和名編纂ワーキンググループ 「日本モンキーセンター 霊長類和名リスト 2018年11月版」(公開日2018年12月16日・2021年8月8日閲覧)
  5. ^ a b 川田伸一郎他「世界哺乳類標準和名目録」『哺乳類科学』第58巻 別冊、日本哺乳類学会、2018年、1 - 53頁。
  6. ^ 田隅本生 「哺乳類の日本語分類群名,特に目名の取扱いについて 文部省の“目安”にどう対応するか」『哺乳類科学』第40巻 1号、日本哺乳類学会、2000年、83 - 99頁。
  7. ^ 霊長類』 - コトバンク
  8. ^ a b 岩本光雄「サルの分類名(その1:マカク)」『霊長類研究』第1巻 1号、日本霊長類学会、1987年、45-54頁。
  9. ^ a b 新妻昭夫 「用語解説」『動物たちの地球 哺乳類I 6 クモザル・マーモセットほか』 第8巻 42号、朝日新聞社、1992年、192頁。
  10. ^ a b 岩本光雄 「サルの分類名(その8:原猿)」『霊長類研究』第5巻 2号、日本霊長類学会、1989年、129 - 141頁。
  11. ^ 岩本光雄 「サルの分類名(その6:マーモセット科)」『霊長類研究』第4巻 2号、日本霊長類学会、1988年、134 - 144頁。
  12. ^ a b 佐藤宏樹「昼も夜も動くキツネザル:周日行性の系統発生と至近メカニズム,および適応的意義をさぐる」『霊長類研究』第33巻 1号、日本霊長類学会、2017年、3-20頁。
  13. ^ a b 相見滿「霊長類の共通祖先は夜行性だったか」、京都大学霊長類研究所 編『霊長類進化の科学』京都大学学術出版会、2007年、40-52頁。
  14. ^ a b 中務真人「霊長類の起源と進化」『バイオメカニズム学会誌』第21巻 4号、バイオメカニズム学会、1997年、179-184頁。
  15. ^ 松沢哲郎・高井正成・平井啓久(2007)「霊長類学への招待」,京都大学霊長類研究所 編『霊長類進化の科学』京都大学学術出版会.ISBN 978-4-87698-723-8
  16. ^ 高井正成 霊長類の進化とその系統樹 (霊長類の進化を探る)
  17. ^ Pollock JI, Mullin RJ (May 1987). “Vitamin C biosynthesis in prosimians: evidence for the anthropoid affinity of Tarsius”. Am. J. Phys. Anthropol. 73 (1): 65–70. doi:10.1002/ajpa.1330730106. PMID 3113259. 
  18. ^ 長谷川政美、「系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史」、2014年10月25日、ベレ出版、ISBN 978-4-86064-410-9
  19. ^ a b c d e 三上章允 霊長類の色覚と進化 2004年9月18日。京都大学霊長類研究所 東京公開講座「遺伝子から社会まで」 のレジュメ
  20. ^ Surridge, Alison K.; Osorio, Daniel; Mundy, Nicholas I. (2003). “Evolution and selection of trichromatic vision in primates”. Trends in Ecology & Evolution 18 (4): 198–205. doi:10.1016/S0169-5347(03)00012-0. ISSN 01695347. 
  21. ^ a b c 岡部正隆、伊藤啓 「1.4 なぜ赤オプシン遺伝子と緑オプシン遺伝子が並んで配置しているのか「第1回色覚の原理と色盲のメカニズム」 『細胞工学』7月号をWEBに掲載。
  22. ^ 河村正二「新世界ザルRed-Green視物質遺伝子と色覚の進化」『霊長類研究』Vol. 16 (2000) No. 2 pp111-124.doi:10.2354/psj.16.111
  23. ^ 松下裕香, 太田博樹, WELKER Barbara. ほか、「恒常的3色型色覚とされてきたホエザル属における種内L-Mオプシン多型の発見、『霊長類研究 Supplement』 第27回日本霊長類学会大会、セッションID:B-7、2011, doi:10.14907/primate.27.0.36.0
  24. ^ 岡部正隆、伊藤啓 「1.6 女性で赤緑色盲が少ない理由「第1回色覚の原理と色盲のメカニズム」 『細胞工学』7月号をWEBに掲載。
  25. ^ サルとヒトとの進化の分岐、定説より最近か ミシガン大 AFPBB News 2010年07月16日
  26. ^ Nature2010年7月15日号
  27. ^ Friedman TB, Polanco GE, Appold JC, Mayle JE (1985). “On the loss of uricolytic activity during primate evolution--I. Silencing of urate oxidase in a hominoid ancestor”. Comp. Biochem. Physiol., B 81 (3): 653?9. PMID 3928241. 
  28. ^ Peter Proctor Similar Functions of Uric Acid and Ascorbate in ManSimilar Functions of Uric Acid and Ascorbate in Man Nature vol 228, 1970, p868.





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