水酸化ナトリウム 危険性

水酸化ナトリウム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/27 21:15 UTC 版)

危険性

生体への危険性

水酸化ナトリウムの人体に対する有害性は主に強アルカリ性に起因する腐食性によるものであり、腐食性を示す限界濃度は2%と考えられている[6]OECDテストガイドライン435に従ったin vitro膜バリア試験法では破綻時間13.16分という結果が得られており、GHS分類における皮膚腐食性は区分1に分類される[7]。溶液では短時間の接触でもII度またはIII度の熱傷を引き起こし、動物実験においてもウサギに対する5%溶液の皮膚への塗布で4時間後に重度の壊死の発生、ブタに対する8%溶液の塗布で15分以内に水泡が生じ24%溶液では皮下組織に達する壊死が生じるなどの試験結果が報告されている[8][6]。また、OECDテストガイドライン405に従ったウサギに対するin vivo眼安全性試験において水酸化ナトリウムの2%溶液で中程度の角膜の損傷が観測されている[9]。ヒトに対しては高濃度の粉塵や溶液が眼に入ったことによる重篤な眼の損傷や失明の事例が多く報告されており、GHS分類における眼に対する重篤な損傷・眼刺激性は区分1に分類される[10]。水酸化ナトリウムは固形では口に入った時点で口内粘膜の損傷が起こるため飲み込んでしまう事は起りにくいが、水溶液は無味無臭のため高濃度溶液の誤飲によって口腔や食道、上部消化管の損傷や重度の腐食が引き起こされ、上部消化管の壊死による死亡例も見られる[10][6]。また粉塵やミストの吸入によって呼吸器の粘膜の刺激や重篤になると肺水腫などの症状が引き起こされる[10]。アメリカ合衆国労働安全衛生研究所は脱出限界濃度を10mg/m3としており、2から8mg/m3の濃度環境下での職業的曝露によって呼吸器に炎症が生じる恐れがあるとしている[8]

水酸化ナトリウムの無有害作用量は1mg/m3とされており[11]日本産業衛生学会は最大許容濃度を2mg/m3[12]アメリカ産業衛生専門家会議英語版も曝露上限値を2mg/m3としている[13]。このような濃度範囲における水酸化ナトリウムの曝露で吸入されるナトリウム量はヒトが食品から摂取する量と比較して極めて微量であり、また経皮的な接触においても水酸化ナトリウムの体内への吸収は非常に少ないと考えられているため、通常の取り扱いにおいて水酸化ナトリウムへの曝露が血中のナトリウム濃度やpHに影響を与えることは無いと考えられている[6]

水生生物への急性毒性としてはネコゼミジンコ英語版に対する48時間LC50=40mg/Lという試験データがある[10]。これは水酸化ナトリウムによって水がアルカリ性となることが毒性を示す原因と考えられており[10]、河川等に多量の水酸化ナトリウムが流出することによる魚類の斃死事故も起きている[14]

水酸化ナトリウムの多くは、電解ソーダ法により製造される。日本では1915年(大正4年)頃から工業的な製造が始まったが、当時は、同時に生成される塩素公害対策そのものの知見が少なかったために、水酸化ナトリウムの製造工場の労働者や付近の住民に塩素中毒患者が発生した[15]

物理的危険性

水酸化ナトリウム自身は不燃性であるものの、溶解熱が大きいため水酸化ナトリウムを水に溶解させる際に沸点を越えて発熱し高温の高アルカリ溶液を飛散させる危険があり、さらにこの高温の蒸気や飛沫によって周囲の可燃性物質が発火する恐れがある[16][17]。また、湿潤空気中でアルミニウム亜鉛などの両性金属と反応して爆発性の水素ガスを発生させる[16]。その他、アセトアルデヒドアクロレインなどの重合性化合物に対して触媒的に働くため、偶発的な接触により激しく反応して高温となり予期せぬ事故が発生する危険性がある[16][17]

規制

水酸化ナトリウムは国際輸送においてクラス8腐食性物質の危険物として規制されており、固体のものには国連番号1823[18]、水溶液には国連番号1824が割り振られている[19]。また、日本においては毒物及び劇物取締法によって劇物に指定されており[20]、さらに毒物及び劇物指定令で水酸化ナトリウムを含む製剤も含有率5%以下のものを除き劇物となっている[21]。その他、水質汚濁防止法施行令によって指定物質とされており[22]、事故などによって公共水域に流出した際には届出することが義務となっている[23]。アメリカにおいても包括的環境対処・補償・責任法(スーパーファンド法英語版)における有害物質に指定されており、その報告基準量は1000ポンドとなっている[17]


  1. ^ D.D. Wagman, W.H. Evans, V.B. Parker, R.H. Schumm, I. Halow, S.M. Bailey, K.L. Churney, R.I. Nuttal, K.L. Churney and R.I. Nuttal, The NBS tables of chemical thermodynamics properties, J. Phys. Chem. Ref. Data 11 Suppl. 2 (1982).
  2. ^ 『化学の新研究 改訂版』三省堂、2019年1月10日、462頁。 
  3. ^ 富士フィルム 水酸化ナトリウムのSDS(安全データシート)
  4. ^ 経済産業省生産動態統計年報 化学工業統計編
  5. ^ 財団法人日本食品化学研究振興財団
  6. ^ a b c d 欧州連合 リスク評価書 (Volume 73, 2007) 水酸化ナトリウム』(レポート)国立医薬品食品衛生研究所 安全情報部、2009年3月https://www.nihs.go.jp/hse/chem-info/eu/euj/V73-j.pdf2023年12月10日閲覧 
  7. ^ REACH registered substances factsheets: Sodium hydroxide - Skin irritation / corrosion”. 欧州化学物質庁. 2023年12月10日閲覧。
  8. ^ a b Hazardous Agents: Sodium hydroxide”. Haz-Map. アメリカ国立医学図書館. 2023年12月10日閲覧。
  9. ^ REACH registered substances factsheets: Sodium hydroxide - Eye irritation”. 欧州化学物質庁. 2023年12月10日閲覧。
  10. ^ a b c d e 政府によるGHS分類結果 水酸化ナトリウム(平成21年度再分類)”. 製品評価技術基盤機構. 2023年12月10日閲覧。
  11. ^ REACH registered substances factsheets: Sodium hydroxide - Toxicological Summary”. 欧州化学物質庁. 2023年12月10日閲覧。
  12. ^ 日本産業衛生学会許容濃度等の勧告(2022年度)」『産業衛生学雑誌』第64巻第5号、日本産業衛生学会、2022年5月25日、256頁、doi:10.1539/sangyoeisei.S22001 
  13. ^ SODIUM HYDROXIDE”. アメリカ産業衛生専門家会議英語版. 2023年12月10日閲覧。
  14. ^ 事故時の措置及びその対象物質に関する情報”. 環境省. 2023年12月10日閲覧。
  15. ^ 下川耿史 家庭総合研究会 編『明治・大正家庭史年表:1868-1925』河出書房新社、2000年、404頁。ISBN 4-309-22361-3 
  16. ^ a b c HAZARDOUS SUBSTANCES DATA BANK (HSDB): SODIUM HYDROXIDE”. PubChem. アメリカ国立生物工学情報センター. 2023年12月10日閲覧。
  17. ^ a b c Chemical Datasheet: SODIUM HYDROXIDE, SOLID”. CAMEO Chemical. アメリカ海洋大気庁. 2024年12月10日閲覧。
  18. ^ UN/NA 1823: Sodium hydroxide solid”. CAMEO Chemical. アメリカ海洋大気庁. 2024年12月10日閲覧。
  19. ^ UN/NA 1824: Sodium hydroxide solution”. CAMEO Chemical. アメリカ海洋大気庁. 2024年12月10日閲覧。
  20. ^ 毒物及び劇物取締法(昭和二十五年法律第三百三号)(令和四年法律第六十八号による改正)”. e-Gov法令検索. デジタル庁. 2023年12月10日閲覧。-別表第二第五十四号
  21. ^ 毒物及び劇物指定令(昭和四十年政令第二号)(令和五年政令第百九十三号による改正)”. e-Gov法令検索. デジタル庁. 2023年12月10日閲覧。-第二条第一項第六十八号
  22. ^ 水質汚濁防止法施行令(昭和四十六年政令第百八十八号)(令和四年政令第三百九十六号による改正)”. e-Gov法令検索. デジタル庁. 2023年12月10日閲覧。-第三条の三
  23. ^ 水質汚濁防止法(昭和四十五年法律第百三十八号)(令和四年法律第六十八号による改正)”. e-Gov法令検索. デジタル庁. 2023年12月10日閲覧。-第十四条の二第二項






水酸化ナトリウムと同じ種類の言葉


固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「水酸化ナトリウム」の関連用語

水酸化ナトリウムのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



水酸化ナトリウムのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの水酸化ナトリウム (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS