堅果 種子散布

堅果

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/28 09:09 UTC 版)

種子散布

堅果は裂開しないため、種子を含んだ果実の状態で散布される。

ブナ科クルミ科などの堅果[注 5]は、リスネズミシジュウカラカラスカケスなどの動物によって収集・輸送・貯蔵されることがある(下図6a)。これらの動物の食料となるのは堅果中の種子であるため、食べられた堅果は発芽できないが、貯蔵されながら食べ残された堅果はそこで発芽することがあり、このような種子散布様式は、貯食散布(食べ残し型散布[40])とよばれる[41][42][43][44]。貯食散布される堅果を生産する植物は、堅果の生産量が年によって大きく変動することが知られている[43][45]。これによって、果実食者や果実に対する害虫が増えすぎないようにしていると考えられている。

オニグルミの"堅果"は上記のように貯食散布されるが、果実中に空洞があるため水に浮くこともでき、これによる水流散布も行われるとされる[20][46]ハスの堅果(痩果ともされる)も空洞をもち、水に浮いて散布される[46]

6a. ブナ科の堅果を運ぶキタリス
6c. セイヨウシデ(カバノキ科)の果苞と堅果
6d. フユボダイジュアオイ科)の堅果と苞
6e. 小堅果を風散布するガマガマ科

サワグルミ属やノグルミ属(クルミ科)の堅果には苞が発達した翼が付随しており[20][33][47](上図6b)、またクマシデ属やアサダ属(カバノキ科)の堅果は大きな苞(果苞)の基部についている[33][32](上図6c)。またカバノキ属ハンノキ属(カバノキ科)では、果皮が翼状に発達することがあり[33][32]、このような果実は翼果ともよばれる[4]スイバイタドリ(タデ科)では、小堅果(または痩果)が翼状の花被で包まれている[33]。これらの構造は、風による果実の散布に役立つと考えられている[33]。またシナノキ属アオイ科)では、複数の花をつけた花梗が苞に癒合しており、そこから形成された複数の堅果が垂下した苞が風散布される[33](上図6d)。

ガマ科の堅果(小堅果、または痩果)は長い果柄の先についているが、この果柄には長い毛が多数生えている。果実は、この毛によって風にのって散布される[38][48](上図6e)。ワタスゲカヤツリグサ科)の小堅果(痩果)には花被が変化した綿毛がついており、風にとばされる[48]


注釈

  1. ^ 英語の nut は、他にねじのナットなどを意味し、また俗語として頭や変わり者、狂人などの意味でも用いられる[1]
  2. ^ ただし核果としている例もある[12]
  3. ^ 複数形は strobili[34]
  4. ^ このような果実は胞果(嚢果、utricle)ともよばれるが[7]、胞果(utricle)はふつうヒユ科などに見られる果皮種子をゆるく包んだ果実を意味しており、果実が果胞でゆるく包まれたスゲ属のものとは構造的に異なる。
  5. ^ 上記のように、クルミ類の果実は、厳密な意味では堅果ではない[2]

出典

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