Annees de pelerinage Deuxieme annee Italie S.161/R.10 A55とは? わかりやすく解説

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リスト:巡礼の年報 第2年「イタリア」

英語表記/番号出版情報
リスト巡礼の年報2年イタリアAnnees de pelerinage Deuxieme annee Italie S.161/R.10 A55作曲年: 1838-58年  出版年1858年  初版出版地/出版社: Schott 

作品概要

楽章・曲名 演奏時間 譜例
1 婚礼」  "Sposalizio"7分00 No Image
2 物思いに沈む人」 "Il pensieroso"6分30秒 No Image
3 サルヴァトール・ローザカンツォネッタ」 "Canzonetta del Salvator Rosa" 9分30秒 No Image
4 ペトラルカのソネット 第47番」 "Sonetto 47 del Petrarca"7分30秒 No Image
5 ペトラルカのソネット 第104番」 "Sonetto 104 del Petrarca"7分30秒 No Image
6 ペトラルカのソネット 第123番」 "Sonetto 123 del Petrarca"5分30秒 No Image
7 ダンテを読んでソナタ幻想曲」 "Apres une lecture du Dante-Fantasia quasi sonata"1530秒 No Image

作品解説

2009年9月 執筆者: 伊藤 萌子

巡礼の年報 第2年イタリア》は、1837年7月から39年11月にかけて、マリー・ダグー伯爵夫人リストふたりで滞在したイタリアで印象をもとにしている。リストかの地で、ダンテ叙事詩『神曲』などの文学作品や、ラファエロミケランジェロ絵画など様々な芸作品触れた。その刺激受けて作られたことは、全7曲の題名からも明らかである。なお、このイタリア滞在様子は、1837年7月から41年の間、『ガゼット・ミュジカル』誌にて公開書簡の形で残され内容から伺い知ることが出来る(後に《音楽バシュリエの旅書簡》としてまとめられている)。その他、このイタリア滞在の間に、3歳になった娘ブランディーヌとの交流長男ダニエル誕生マリーとの不和訪れ、また西洋音楽史上初となるリサイタル(1839年3月8日ローマにてリサイタルとは単独演奏者による演奏会)の開催などがあった。
作曲1839年までに第3曲目除いて一段落していたと考えられているが、1858年になってようやく《巡礼の年報 第2年イタリア》としてまとめて出版された。

第1番婚礼」 / "Sposalizio"
 ルネサンス三大巨匠一人画家ラファエロによる、聖母マリア聖ヨゼフ婚礼場面描いたマリア婚礼』にインスピレーション受けて作曲され宗教的な作品で、明るく清澄な響き特徴とする。

第2番物思いに沈む人」 / "Il pensieroso"

同じくルネサンス三大巨匠一人彫刻家ミケランジェロによって刻まれフィレンツェにあるロレンツォ・デ・メディチの墓の彫像よりインスピレーション受けている。(彫像ミケランジェロ擁護者であったロレンツォ・デ・メディチジュリアーノ・デ・メディチ二人を表す。その二人対照的に扱い内省的なロレンツォ坐像の下には「朝」「夕」、外交的なジュリアーノには「昼」「夜」の裸体像が置かれている。)

第1番明るさから一転重々しく静寂さを帯びた曲調であり、同音反復によってそれが一層強調されている。なお、1866年に "三つ葬送頌歌" 第二曲 [夜] に拡大編曲されたことからも示されるように、本作品は「死」と関連づけられている。

第3番サルヴァトール・ローザカンツォネッタ」 / "Canzonetta del Salvator Rosa"
 本作品のみ、約十年後作曲された。カンツォネッタとは16世紀後半流行した、軽い気分小歌曲のことであり、第2番打って変わって、非常に明るい曲である。題にあるサルヴァトール・ローザ17世紀イタリア画家彫刻家詩人カンツォネッタ歌詞は「私のいる場所は変わるが、情熱変わらない」という内容であるが、リスト載せた詩は実はボノンチーニよるもの。この歌詞旋律は曲中様々な声部現れる

第4番ペトラルカのソネット 第47番」 / "Sonetto 47 del Petrarca"
第5番ペトラルカのソネット 第104番」 / "Sonetto 104 del Petrarca"
第6番ペトラルカのソネット 第123番」 / "Sonetto 123 del Petrarca"


第4番から第6番は、イタリア・ルネサンス代表する叙情詩人、フランチェスコ・ペトラルカ(1304-74)の代表作である『カンツォニエーレ』より。『カンツォニエーレ』はペトラルカラウラへの愛を歌ったもの。また、ソネットとはイタリアで生まれた14行の定型詩言い、「小さな歌」を意味しており、ペトラルカダンテによって完成された。リストは第47番、第104番、第123番を採り上げて作曲した
ほぼ同時期に歌曲(S.270)としても作曲されており(同一旋律を持つ)、両方とも1846年出版された。現在知られているのはその改訂版である。
第4番ペトラルカのソネット 第47番」の詩の大意は恋にとらわれた心情歌ったもの。その内容を受け、甘美な雰囲気を持つ美しい曲となっている。
第5番ペトラルカのソネット 第104番」の詩は恋に落ちた喜び苦しみ二面を歌うもの。先の曲よりドラマティックであり、単独演奏される機会も多い。
第6番ペトラルカのソネット 第123番」の詩は、地上天使の姿を見たというくだりから始まり、恋の甘美さを歌ったもの。穏やかで優美な曲調は、続く「ダンテを読んでソナタ幻想曲」の激しさ対照的である。

第7番ダンテを読んでソナタ幻想曲」 / "Apres une lecture du Dance-Fantasia quasi sonata"
この曲集の最後を飾る第7番は、先の6曲に比べてはるかに規模大き作品である。圧倒的な迫力魅力で、演奏会取り上げられることも非常に多い名曲一つ。題にあるように、ダンテ(1265-1321)の叙事詩『神曲』読み、そこからインスピレーション得て創作された。当初二部構成神曲への序説》の曲名二部構成作品で、1839年には演奏したという記録もある。何度かの改訂経て1849年完成した
 ダンテ『神曲』は、「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」の三部から構成されている。本曲冒頭では地獄の世界への幕開けのように、中世多声音楽より「音楽悪魔」と呼ばれる増4度音程下行が、繰り返しあらわれる。増4度は1オクターヴをちょうど二等分することから忌み嫌われてきたが、リストだけでなく多く作曲家が、悪魔や死など不吉なものを象徴する手段として用いている。激し苦悩葛藤合間美しく穏やかな旋律聞こえてくる。最後輝かしく締めくくられる。




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