飯田家の人々
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安来の飯田家は、家父長的な源兵衛に反発する者もいるが、直系家族として続いている。 飯田登志 - 野際陽子(ナレーション〈語り〉も担当する。) 布美枝の祖母で、源兵衛の母。早くに夫に先立たれ、一から商売などを独学し、その後の飯田家を担った苦労人。「おばば」と呼ばれた。隠居後は多忙な息子夫婦に代わり、孫たちの世話を担う。布美枝にとっても、折りに触れて励ましてくれる優しい祖母。良縁に恵まれるように、との願いを込めて母から受けついだ珊瑚玉の簪(かんざし)を年頃の布美枝に渡した。布美枝の結婚前に脳梗塞で倒れ、源兵衛たちが熱心に看病する中他界した。原案者の祖母がモデル。 飯田源兵衛 - 大杉漣 布美枝の父。子供の頃父の他界によって家業(呉服商)に従事した苦労人。太平洋戦争中、統制経済下の企業整備で業種転換を余儀なくされて腐心した。戦後「飯田酒店」を開業、布美枝など家族と共に事業を軌道に乗せる。さらに市会議員をつとめるなど、戦中戦後の動乱期を乗り越えて地元の名士となる。家庭では厳格、直情径行的な頑固親父であり、明治民法下の戸主のような言動をし、次女・四女と衝突したが、妻を含め家族に対する愛情は深く、布美枝のいざという時の頑張りを評価し、「頼りにしている」と話すなど、子供たちそれぞれを細やかに見守っている。明治生まれの家長らしく古風な価値観を持つが、茂に対しては彼の腕の障害や漫画家という職業に偏見を抱くことはなく、布美枝の縁談について反対する親族もいる中、茂に見どころを感じて布美枝に結婚を勧めた。布美枝の結婚後は2回調布の村井家を訪問、娘を励まし、茂の成功が伝えられると心から喜んだ。1985年(昭和60年)に脳梗塞で倒れ、右半身が不自由になり、介護を受ける立場となる。源兵衛自身死を予感しながら、翌年の秋、彼岸花が咲く頃に他界。最終回、源兵衛に最後の別れをするために村井(水木)家の4人が安来に行き、ヒロインの故郷でラストシーンを迎えた。原案者の父の飯塚藤兵衛がモデル。 飯田ミヤコ - 古手川祐子 布美枝の母。控えめな態度で夫に仕え、家族に尽くし、自身と同じように感情を抑えがちな布美枝の良き理解者でもある。短期間に布美枝の結婚が決まると、嫁入り道具が間にあわない中、呉服業を廃した戦時中も手放さなかった上質の反物でつくった和服(青海波の文様)を布美枝に渡し、幸せを願った。布美枝の結婚後は夫と共に実家で布美枝たちを案じ続ける。また妻として母として、布美枝の姑・村井絹代とも互いに相手の立場を思いやった。リューマチの持病を抱えている。なお全般的な傾向として、時代と舞台と配偶者(職種)を変え、新世帯でヒロインが母ミヤコの役割を果たすことになる。原案者の母の飯塚つや子がモデル。 飯田暁子 → 塚本暁子 - 飯沼千恵子、小林さり(青年期) 布美枝の長姉。新婚の布美枝が東京駅に着いたときに初登場。都内(赤羽)に在住し、唯一頼れる身内であった。サラリーマンの夫と息子二人の核家族で、貧しいヒロイン一家と違い余裕のある生活をしている。布美枝の第二子妊娠時に夫の転勤で東京から離れていた。原案者の長姉がモデル。 飯田ユキエ → 横山ユキエ - 星野真里、足立梨花(青年期) 布美枝の次姉。活発で開放的な性格で、好奇心旺盛、感情を抑えにくい一面を持つ。戦時中映画『モロッコ』の宣伝チラシを見ながら、知らない世界に行ってみたいと少女の布美枝に語った。父の勧める縁談に強く反発したものの、相手の人柄を知ると自ら見合いを望み、小学校の教員をやめて実家近くの農家・横山家に嫁いだ。父からは「お前がわしの性格を一番濃く受け継いでいる」と評されており、四女いずみと共に対照的なキャラクターとしてヒロインの特徴を強調する役柄でもある。原案者の次姉がモデル。 飯田哲也 - 大下源一郎、渡邉等士、糟谷健二(幼少期) 布美枝の兄。教員であり、跡取りとして実家で両親と同居している。原案者の兄の飯塚龍矢(父の死後に飯塚藤兵衛と改名)がモデル。 飯田邦子 - 桂亜沙美 哲也の妻。布美枝よりも年下の義姉で、布美枝と仲が良く、第二子妊娠時には布美枝に第一子の俊文の子守を頼んでいた。飯田家で電化製品を購入した際には、「今迄家のことを中心になってやってくれていた布美ちゃんが、相談もなく台所のものを買われたら、いい気分はしないのでは」と布美枝に配慮を示したり、東京へ嫁ぐ不安を語った布美枝を励ますなど、優しく、思慮のある性格。後年、介護をしている源兵衛から「本当の娘」と感謝された。原案者の義姉の飯塚和子がモデル。 飯田俊文 - 馬渕誉、佐藤詩音、神谷涼太 哲也夫婦の息子。布美枝の甥。若くして結婚し独立したが、なかなか子供が出来なかった。原案者の甥の飯塚頼寿(現・飯塚藤兵衛)がモデルであり、子供が出来たのは結婚して10年以上経ってからである。 飯田絵里子 - 三宅朱皓、飯田ゆか、平林靖子 哲也夫婦の娘。布美枝の姪。原案者の姪の飯塚生美子がモデル。 飯田貴司 → 及川貴司 - 星野源、鈴木福、小林海人(幼少期) 布美枝の弟。飯田家4姉妹の中で布美枝と最も仲がよく、また布美枝に似て温厚で人当たりが柔らかい。家業を手伝っていたとき、ミシン販売店の跡継ぎ娘・及川満智子と交際するものの、そのことを知らない父が店を持たせて分家独立させようとしたため、両者の板ばさみで思い悩む。その後、帰省中の布美枝のアドバイスもあり、満智子との結婚を選び婿入りした。1972年(昭和47年)、新型ミシンの研修で上京したとき、仕事に忙殺されて家庭に目を向けない茂のことで布美枝にアドバイスするとともに、他人事ではないと反省を口にした。しかし、ミシン販売業の不振から脱却しかけた矢先、釣りに行った際に海に転落し、妻子を残して帰らぬ人となる。原案者の弟がモデル。 飯田いずみ → 森川いずみ - 朝倉えりか、朝田帆香(幼少期) 布美枝の妹で末子。次姉ユキエに似て好奇心・自立心が旺盛で感情を抑えにくい性格。布美枝が帰省したとき、東京への憧れを口にした。短大を卒業(当時の高学歴女性)して産休補助教員をしており、自動車の運転免許を持っている。布美枝が第二子を身ごもると、父の命令で村井家の家事と育児をしばらく手伝うことになった。アシスタントの倉田に恋心を抱くが倉田には受け入れてもらえず心を痛める。しかし、その後、倉田の一心不乱に漫画原稿に向かう姿を見て、また、郁子の仕事に生きる覚悟、布美枝の貧乏に耐える強い気力、茂や漫画アシスタントの目標に向かって努力する姿を実感する。倉田に対しては「本物の漫画家を目指す姿をずっと応援し続ける」と、彼への思いにけりをつける。見合いに関しては、もし嫌な相手なら父親が何と言おう見合いはしないと言い切り、自らも一歩踏み出すべきと思う。調布を去る日、茂の家の前で倉田から「いままで長々と保留していた御礼」として「笑顔のいずみの絵」を受け取り、思いを新たにし安来に帰る。後日、見合いをして即断即決で結婚し、一児をもうける。原案者の妹がモデル。 宇野輝子 - 有森也実 ミヤコの妹で、布美枝の叔母。少女時代の布美枝は、どんな時でも話を聞いてくれ受け止めてくれる彼女に慣れ親しんでいた。布美枝と茂の急な結婚に不満を漏らしていた。原案者の叔母がモデル。
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