続本朝往生伝
主名称: | 続本朝往生伝 |
指定番号: | 2128 |
枝番: | 01 |
指定年月日: | 1964.01.28(昭和39.01.28) |
国宝重文区分: | 重要文化財 |
部門・種別: | 書跡・典籍 |
ト書: | 建長五年十二月六日乗忍書写奥書 |
員数: | 1帖 |
時代区分: | 鎌倉 |
年代: | |
検索年代: | |
解説文: | 鎌倉時代の作品。 |
続本朝往生伝
主名称: | 続本朝往生伝 |
指定番号: | 2418 |
枝番: | 00 |
指定年月日: | 1986.06.06(昭和61.06.06) |
国宝重文区分: | 重要文化財 |
部門・種別: | 書跡・典籍 |
ト書: | 紙背建久六年等文書 |
員数: | 1帖 |
時代区分: | 鎌倉 |
年代: | |
検索年代: | |
解説文: | 『続本朝往生伝』は、平安時代後期の代表的学者である大江匡房の撰述になり、慶滋保胤の『日本往生極楽記』の遺漏を補うとともに、同書以後一〇〇年にわたって極楽に往生した人々の行状を集録したもので、その成立は康和三年(一一〇一)をほど遠からぬ頃と考えられている。本書に記載された往生人は、一条天皇から源忠遠妻に至る四二人で、身分の高下に従って配列がなされている。『日本往生極楽記』が仏教的な「七衆」の配列をとっているのと対蹠的に、出家二七人、在俗一五人と在俗往生人の占める割合が増加しているのは、念仏の広まりと相俟って民間における浄土教の浸透を示すものとして注目される。また往生人中、筆者の身近な人々については聞き書き等による豊富な資料に基づく記述が行われており、その意味で史料的価値は高いものがある。 この大東急記念文庫本は、もと巻子本を折本装に改装したもので、料紙には文書の紙背を用いている。天地に横罫を引き、一紙約二一行(現状の折本の半葉八~一〇行)、一行二〇~二二行に書写し、巻末に往生人の目録を附している。本文は首尾完存し、文中には書写当時の墨振仮名がままあるほか、近世に加えられた朱の校異、振仮名、送仮名、返点などがある。 本文料紙に用いた文書のうちには、建久六年(一一九五)六月十四日の陰陽寮春季御読経日時勘文や、元久元年(一二〇四)頃、土御門通親の弟である源通資が風病のため出仕し難い旨を述べた書状などがあり、鎌倉時代前期の文書がまとまっている。 『続本朝往生伝』の古写本としては、建保七年(一二一九)の僧慶政の本奥書を有する建長五年(一二五三)乗忍書写本(真福寺本、重要文化財)と、これと同系統の宮内庁書陵部本の『続日本往生伝』(鎌倉時代中期写本)が知られているが、この大東急記念文庫本はそれらと別系統の写本と考えられ、また書写年代も鎌倉時代前期と認められ、諸本中の最古写完本として貴重である。 |
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