文永の役とは? わかりやすく解説

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ぶんえい‐の‐えき【文永の役】

読み方:ぶんえいのえき

文永11年(1274)中国元(げん)の大軍が来攻したときの戦い。元軍は対馬(つしま)・壱岐(いき)、次いで博多付近に上陸したが、暴風雨によって引き上げた元寇(げんこう)。→弘安(こうあん)の役(えき)


文永の役

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/09 03:27 UTC 版)

金方慶」の記事における「文永の役」の解説

1274年1月金方慶クビライより東南道都督使に任じられ監督造船郡民総管任じられ洪茶丘と共に日本遠征用の船団900隻の建造を命ぜられる。洪茶丘金方慶対し船団完成を急ぐよう再三催促する。そのため金方慶は、南宋様式の船では納期間に合わない判断し費用が安い高麗様式の船を建造することとした。6月突貫作業でこれを完成させる金方慶麾下高麗軍8000人を乗せた総勢4元・高連合軍艦隊900隻は、10月3日合浦慶尚南道)を出港した10月5日対馬上陸、約1週間わたって全域蹂躙した後、10月14日には壱岐上陸守護代平景隆自害追い込んだ16日から17日にかけて平戸能古鷹島襲撃し10月19日夕刻大宰府目指し博多湾侵入した元・高連合軍は、壱岐・対馬制圧には成功したものの、九州上陸すると、幕府御家人活躍により旗色悪くなる20日未明百道原から上陸した元軍は、松浦党原田一族を撃破し赤坂進軍したが、菊池武房に蹴散らされ敗走する一方今津沖に停泊していた元・高連合軍本隊今津上陸日本側の監視隊追い払い布陣すると、大宰府目指し進軍開始し秋月氏松浦党破り原山占拠するその後一時押し戻され後退した元・高連合軍であったが、必死抵抗見せ踏み止まり戦線膠着状態となる。しかし、同20日夕刻には軍の統制が執れなくなり軍事物資枯渇した為、進退窮まる事態となった原文:而官軍不整、又矢盡)。 金方慶は、総司令官忽敦と、隣接部隊司令官である洪茶丘に「兵法、遥かの敵領へ深く入った軍隊鋭鋒あたるべからずとあり、我が軍少なしといえども既に敵地入っていて自ら戦うようになる。つまり秦の孟明視が船を焼き払い韓信背水の陣布いた事と同じである、再度戦わせ頂きたい。」と進言するが、総司令官忽敦から「孫子曰く、〈小敵の堅、大敵の擒〉疲れた兵(原文:疲乏之兵)を率いて刻々と増強される敵(原文:敵日滋之衆)と立ち向かうのは完璧な計策ではない。」と却下され、「全軍退却原文:遂引兵還)」が決定する元・高連合軍は、博多筥崎放火拉致略奪働いた後、船に引き揚げた(原文:惟虜掠四境而歸)。しかし夜陰乗じ博多湾出航した元・高連合軍艦船に、今度暴風雨襲いかかる金方慶辛くも難を逃れたが、船団壊滅状態となり、帰還できた船は400隻ほどだったという。 1274年、文永の役より帰還した際、モンゴル将軍忽敦(クドゥン)は日本から連れて行った童男童女200人を、前年高麗国王に即位した忠烈王と妃のクビライ公主クトゥルク=ケルミシュ献上した

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文永の役

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 23:32 UTC 版)

日蓮」の記事における「文永の役」の解説

文永11年1274年10月、3数千人の蒙古高麗軍対馬壱岐上陸防備武士全滅させ、さらに博多湾上陸した日本武士蒙古軍集団戦術炸裂弾(「てつはう」と呼ばれた)や短弓毒矢などの武装苦しめられ戦闘一週間ほどで終了したが、日本側は深刻な被害受けた日蓮2年後建治2年1276年)に記した一谷入道御書」で対馬・壱岐戦況記述している。 幕府は文永の役の後、再度襲来備えて戦時体制強化図り防塁建設高麗出兵計画のため、東国から九州多数人員動員した日蓮故郷から離れて戦地赴いた人々心情詳しく述べている。

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