改正の経過
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/12 14:12 UTC 版)
その後の優生保護法の改正経緯は、1980年代までにかけては、同法の目的のうち母体保護・中絶との関係で、胎児の生命保護とのバランスをどう図るかを中心に論議が展開される一方、障害者等の人権上重大な問題をはらんでいた優生政策・強制不妊(優生手術)に関する規定については、1990年代に至るまで顧みられることがなかった、と要約できる。 まず、母体保護関係の改正経緯としては、1949年、52年に優生保護法が改正され、国家として避妊を奨励するとともに、中絶規制を緩和し、「経済的理由」を目的とした人工妊娠中絶も認められることとしたほか、地区優生保護審査会の認定を不要とした。 その後、高度成長により、経済団体の日本経営者団体連盟(日経連)などからは、将来の優れた労働力の確保という観点から中絶の抑制が主張されるようになったほか、宗教団体からは、生長の家とカトリック教会が優生保護法改廃期成同盟を組織して、中絶反対を訴えた。一方、羊水診断の発展により、障害を持つ胎児が早期に発見されるようになり、日本医師会や日本母性保護医協会は、生長の家などの主張には反対しつつ、障害を持つ胎児の中絶を合法化するように提言した。このような対立軸の下、1972年時の優生保護法改正案には、下記の2に示される胎児条項が記載されたが、これは同時代の出生前診断技術の勃興を受けて、日本母性保護医協会が導入を主張した結果であった。これに対して、全国青い芝の会などの障害者団体は優生学的理由を前面に出した中絶の正当化に対して、中ピ連やリブ新宿センターなどの女性団体からはそれに加え、経済的な理由に基づく中絶の禁止に対する反発が広がるようになった。 このように1970年代から1980年代にかけて、中絶規制緩和をめぐって激しい議論がなされたことを受け、1972年5月26日、政府(第3次佐藤改造内閣)提案で優生保護法の一部改正案が提出された。改正案は宗教団体などの意向を反映したもので、以下の3つの内容であった。 母体の経済的理由による中絶を禁止し、「母体の精神又は身体の健康を著しく害するおそれ」がある場合に限る。 「重度の精神又は身体の障害の原因となる疾病又は欠陥を有しているおそれが著しいと認められる」胎児の中絶を合法化する。 高齢出産を避けるため、優生保護相談所の業務に初回分娩時期の指導を追加する。 障害者団体からは主に2が、女性団体からは主に1と3が反対の理由となった。法案は一度廃案になったが、1973年に再提出され、継続審議となった。1974年、政府は障害者の反発に譲歩し、2の条項を削除した修正案を提出し、衆議院を通過させたが、参議院では審議未了で廃案となった。廃案の背景については、1974年6月に同修正案に反対する日本母性保護医協会の推した候補、丸茂重貞が選挙で圧勝したことがあるとの意見がある。 生長の家などによる、経済的理由による中絶禁止運動はその後も続いた。妊娠中絶を容認しないカトリック教会のマザー・テレサは、1981年・1982年と二度の来日で、人工妊娠中絶が認められることへの反対を訴えている。一方で日本母性保護医協会、日本家族計画連盟などが中絶を禁止するべきでは無いと主張し、地方議会でも優生保護法改正反対の請願が相次いで採択された。その結果、1981年(鈴木善幸内閣)から再度の改正案提出が検討されていた。1983年5月(第1次中曽根内閣)には、自民党政務調査会優生保護法等小委員会で「時期尚早」との結論を出した。1983年6月26日投票の参議院議員選挙では、自民党内の生長の家系、日母系の陣営のいずれが勝利するかが、改正案の帰趨を制すると見なされたが、勝利したのは日母の側であった。結果、生長の家政治連合は解散した。以後の優生保護法改正案の国会提出は断念された。 このような母体保護と胎児生命保護という対立軸を基本とする中絶を巡る改正論議が長らく続いた一方で、優生政策を目的とする強制不妊(優生手術)に関する規定は、1952年に、遺伝性以外の精神障害や知的障害のある人に対象を拡大して以降、長らく改正論議のないまま、強制不妊の実施が推進された。1980年代以降になると強制不妊(優生手術)の実施件数は減少したものの、強制不妊(優生手術)の実施総数は、記録上判明している限りでも、16,000件を超えるとされている。 しかし、1990年代になると、優生保護法の優生政策・優生手術に関する規定が、障害者の人権上深刻な問題を抱えているとの認識が広がり、1996年(平成8年)の議員立法による法改正により、それら規定が全て削除され、母体保護と中絶に関する規定のみが残され、法律名称も母体保護法と改められた(主務官庁は厚生労働省(雇用均等・児童家庭局母子保健課))。
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