上代東国方言
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上代東国方言(じょうだいとうごくほうげん、じょうだいあずまほうげん)は、広義には奈良時代の東国で話されていた上代日本語を指す。
- 1 上代東国方言とは
- 2 上代東国方言の概要
上代東国方言
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8世紀の時点で、日本語には少なくとも3つの大きな方言が存在したことが知られている。すなわち東部方言(東国方言、Eastern Old Japanese)と中部方言(Central Old Japanese)、西部方言(Western Old Japanese)である。このうち、下記のように確実な資料が残存しているのは西部(奈良付近)の上代日本語と東部方言だけである。 奈良時代の万葉集の東歌・防人歌には、多くの東国方言による歌が載せられている。東国方言は現在の長野県・静岡県から東北南部、すなわち信濃、遠江、駿河、伊豆、上毛野、武蔵、相模、陸奥、下毛野、常陸、下総、上総、甲斐、安房の歌が伝わる。東歌・防人歌から例として4首を挙げる。 筑波嶺(ね)に雪かも降らる否(いな)をかもかなしき児(こ)ろが布(にの)乾さるかも(筑波山に雪が降ったのか。それともいとしいあの児が洗った布を乾したのだろうか)(常陸、3351番) 上毛野(かみつけの)伊香保の嶺(ね)ろに降ろ雪(よき)の行き過ぎかてぬ妹が家のあたり(通り過ぎることのできない妹の家のあたりよ)(上毛、3423番) 昼解けば解けなへ紐のわが夫(せ)なにあひ寄るとかも夜解けやすけ(昼解くと解けない紐がわが背子に逢うからとでもか夜は解けやすい)(未勘国、3483番) 草枕旅の丸(まる)寝の紐絶えば吾(あ)が手と付けろこれの針(はる)持し(草を枕の丸寝をして紐が切れたらこの針で自分の手でお付けなさい)(武蔵の防人の妻、4420番) 万葉集に載せられたこれらの歌が、当時の方言を純粋に反映したものかどうかは明らかでないが、上代東国方言を今に伝えるものとして資料的価値が高い。これらの歌には、方言ごとに異なるが、おおむね中央語との間に次のような違いが見られる(上記4首の下線部分にもある。なお、万葉集などの上代の文献ではイ列・エ列・オ列音の一部に甲乙の書き分けが見られ、なんらかの発音の区別があったとみられる。詳しくは上代特殊仮名遣を参照)。 チがシになる。 イ列音がウ列音になる。 エ列甲類音がア列音になる。完了の「り」(中央語ではエ列に接続)がア列に接続する。 エ列乙類音がエ列甲類音になる。 オ列乙類音とイ列音、エ列乙類音が混同される(ただし長野県・静岡県にみられる) 「なふ」という打ち消しの助動詞を使う。活用は未然形「なは」、連体形「なへ・のへ」、已然形「なへ」で、連用形・命令形を欠く。(例)「あはなふよ」(逢わないよ・3375)、「あはなはば」(逢わないならば・3426)、「あはなへば」(逢わないので・3524)。 一段型動詞の命令形語尾に「ろ」を用いる。(例)「ねろ」(寝よ・3499)、「せろ」(せよ・3465・3517)。 四段・ラ変活用動詞の連体形語尾がオ列甲類音になる。(例)「ゆこさき」(行く先・4385) 形容詞の連体形語尾が「き」ではなく「け」になる。(例)「ながけこのよ」(長きこの夜・4394) 推量に「なむ・なも」を用いる。 1〜10のほとんどは足柄峠以東の関東・東北南部の歌に見られ、長野県・静岡県では方言色は薄い。このうち音韻的な特徴については、上代特殊仮名遣いの甲乙の混同が中央語よりも早く進んでいたものと見られ、エ列の甲類と乙類の区別はすでになくなっている。1については、当時中央で[ti]と発音したチを、東国方言では[ʧi]または[tsi]と発音していたことを表していると見られ、京都では室町時代以降に起こったチの破擦音化が東国ではより早く起きていたことを示す。2は[i]が中舌母音[ï]になっていたものと考えられ、これが現代のズーズー弁に直接つながるものとする説もある が、はっきりしない。3のア列に接続する「り」は、八丈島の過去表現「書から」にその名残がある。 文法的特徴のうち、7は現代東日本方言にそのままつながるもので、命令形の「-よ」と「-ろ」の対立は奈良時代にまでさかのぼることになる。ただし、命令形「-ろ」は現代の九州北西部にもある形で、これについては方言周圏論を適用して奈良時代よりも前に中央で「ろ」から「よ」への変化があったと推定されている。また、6については現代の東日本方言の「ない」に通じるものの可能性があるが、定かではない。一方、8・9・10は八丈島・利島・秋山郷などごく限られた地域に残るのみで、東日本方言のほとんどで平安時代以降に中央語からの同化作用を受けたことになる。現代の東日本方言・西日本方言の違いのうち、断定の助動詞「だ」対「じゃ・や」、動詞・形容詞で起こる音便の違いは、万葉集よりも後の時代に現れたものである。
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