聖ビンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会 聖ビンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会の概要

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聖ビンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/27 20:35 UTC 版)

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聖ビンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会
「聖ビンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会」の会章
設立 1633年11月29日
設立者 ヴァンサン・ド・ポール
ルイーズ・ド・マリヤック
種類 カトリック教会の女子修道会
目的 福祉活動
本部 フランス、パリ
ウェブサイト http://filles-de-la-charite.org/
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沿革

1668年6月8日教皇クレメンス9世によって認可された。当時は修道会として認可を受けると、修道者は皆社会から閉ざされた生活をしなければならず、そのために街や村で人々のために働くことはできなかった。聖ビンセンシオは、シスターたちが助けを求める貧しい人の所に自由に行く事が出来る新しい形の会として、教皇より使徒的生活の会としての認可を受けた。

後に聖ビンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会の修道女となり、カトリック教会の聖人に列聖されたカトリーヌ・ラブレは18歳のころ、不思議な夢を見る。夢の中に司祭が現れ、「あなたはいつか、私を見つけるだろう。神はあなたのために一つの計画を持っている」と告げた。後にラブレは所属するであろう聖ビンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会の創設者、ヴァンサン・ド・ポールであることを知る[1]

1830年1月、愛徳姉妹会に入会、同年7月18日夜、修練女になったカトリーヌは子供に起こされ聖堂に行くと、祭壇上に聖母マリアが出現され、自分を型どったメダイ(カトリック教会の信心具)を作るように命じられた[2]。翌1831年、修道女となり、修道生活を送りながら福祉活動を献身に取り組み、聖母の出現のことを決して語らず、1876年、帰天。1947年、教皇ピウス12世によって列聖された。列聖調査の際、墓から掘り起こされた遺骸は腐敗を免れ生前の姿を保ち、現在は聖母出現に立ち会った聖堂に安置されている[3]

この聖母の立像を鋳造した1,500個のメダイが聖ビンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会によって人々に配布された当時、手渡された人々はそのカトリーヌへの聖母の御出現その他の「メダイが鋳造された理由や由来」を何も知らされぬままであった。配布を受けた人々からは当時流行していたコレラ狂犬病等の快癒が報告され、無神論者たちの改心も伴い「不思議のメダイ」としていつしか呼ばれ、その名が巷に流布することとなった。「不思議のメダイ」鋳造の経緯や、配布される理由などがカトリーヌの聴罪司祭アラデル司祭によって匿名で公表されたのはメダイ鋳造後、2年たってからであった[4]

日本管区の活動

日本には神戸市に同会の拠点が存在する。

1933年フランスより日本に初めて同会の4名の会員が送られ大阪での診療活動をはじめ、孤児の世話、病人の看護などに尽くし、管区の礎を築いた。創立当初、会は「愛徳婦人会」(聖ヴィンセンシオが1617年に創立した現在のAIC)と協力して貧しい病人を直接、世話をしていたが、現在ではヴインセンシオの霊性をもつヴィンセンシアン・ファミリー(国際愛徳姉妹会(AIC)、聖ヴィンセンシオの宣教会、聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ会)や貧しい人々の自立援助のために働く様々なグループと連帯して種々の活動を行っている。

[5]

関連項目

同会出身者

  1. ^ 須永 2017, p. 135.
  2. ^ 須永 2017, p. 136.
  3. ^ 酒井 2018, p. 11,22-23.
  4. ^ 聖母の出現 近代フォークカトリシズム考 関一敏 日本エディタースクール出版部 ISBN 4-88888-200-2 c3022 
  5. ^ 聖ビンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会


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