紀州弁 紀州弁の概要

紀州弁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/06 09:22 UTC 版)

紀州弁
話される国 日本
地域  和歌山県
 三重県南部
言語系統
言語コード
ISO 639-3
テンプレートを表示

区画

楳垣実の分類によると、紀州弁は近畿方言のなかでも、奈良県南部、三重県志摩とともに南近畿方言に属し、近畿中央部よりも古い言語状態を保存する面が大きい[1]。山がちで交通の便が悪く、日本の東西を結ぶ交通路からも外れていたことから、近畿のなかでも珍しい、古い発音・語法・語彙の残存が見られる[2]

村内英一の1982年の方言区画では、和歌山県内の方言は以下のように下位区分されている(自治体名は当時のもの)[3]。紀北、紀中、紀南に分かれ、また平地と奥地に分けられる。紀中および田辺市付近に二段活用や古い京阪式アクセントが残されている一方、紀南の東牟婁や三重県側では垂井式アクセントやその他特殊なアクセントがみられる。

また三重県の旧紀伊国の範囲は、北牟婁と南牟婁に分かれる[4]

音声

近畿方言一般にみられる、一音節語を伸ばして二拍に発音する傾向や、「思うた」を「おもた」、「赤うなる」を「あこなる」のような長音の短音化は紀州弁でもみられる[5]

連母音の融合が一部でみられる。和歌山県紀南を中心に /ai//aː/(例:水くさい→みずくさー)、紀北東部で /ai//eː/(例:ない→ねー)の融合がある。紀南の海岸地区では文末助詞の「かい」→「きー」、「ない」→「にー」のように、/ai//iː/ の変化がみられる。「見える→めーる」「消える→けーる」のような /ie//eː/ の変化は広く行なわれる。/oi//ui/ は融合しない。/ei/ は共通語では /eː/ に変化するのが普通だが、和歌山県では変化しない場合が聞かれる[6][7]

子音では、/s/ の脱落(例:起こしたる→おこいたる)や /r/ の脱落(例:ばっかり→ばっかい)、/w/ の脱落現象がみられる(例:綿→あた)。「し」のあとに /t/ が来る場合に、「明日→あしさ/あいさ」「話した→はないさ」のように /t//s/ に入れ替わる現象も見られる。近畿の一部に散在する現象である。また「深い→ふっかい」「他に→ほっかに」のような促音挿入がみられる[8]

和歌山県ではザ行とダ行とラ行の混同が著しい(例:全然→でんでん、銅像→どうどう、座布団→だぶとん、残高→だんだか、雑巾→どうきん、身体→かだら、動物園の象→ぞうぶつえんのどう)。ザダラ変換とも呼ばれるこのような混同は河内弁泉州弁播州弁など近畿地方各地の方言に多いが、紀州弁ではとりわけ顕著である。ザ行はダ行に、ダ行はラ行に変化しやすい。和歌山では、個人により、また丁寧に発音するかぞんざいに発音するかの違いにより、ザ行子音は摩擦音[z] から破擦音[dz]破裂音[d] までの広がりがあり、ダ行は [d] の破裂が弱まって [ɾ] になりやすい。一方、これの矯正意識から、誤ってラ行をダ行に、ダ行をザ行に変えてしまうことがある[9][10]。泉州と紀州を走る南海電気鉄道の案内放送では、関西国際空港開港時に改められるまで、「ん車輌席指定、特急、和歌山港ゆきでごいます」のような発音が聞かれた(南海電気鉄道#車内放送参照)。 

また和歌山県南部ではジ・ヂ、ズ・ヅの四つ仮名を区別し(/di/ /du/ が存在する)、[ei] を「エイ」という(先生は「センセー」でなく「センセイ」という)などの特徴がある。これは九州方言高知方言伊豆諸島の一部と共通するものである[11][12][13][14][15]。ただ村内によると四つ仮名の区別は1962年の時点ですでに失われているという[16]

アクセント

和歌山県内のアクセントはほとんどの地域で京阪式アクセントである。特に田辺市周辺(旧本宮町を除く)には、京阪神よりも古い、伝統的なアクセントが残る。一方、新宮市から三重県紀北町にかけての地域は、日本で最もアクセント分布が複雑な地域の一つである。次に紀州のアクセント分布を列挙する[17][18]

  • 京阪式 - 新宮市・旧本宮町・北山村を除く和歌山県全域。ただし新宮市のうち三輪崎以南は京阪式。ただ京阪式の地域でも、那智勝浦町などでは、高起式の語で「かぜが」のように一拍目が低い。他の京阪式地域では「かぜが」のように全て高い。
  • 垂井式C型(京阪式の変種) - 旧本宮町。新宮市中心部もこれに近い。
  • 熊野式(京阪式に近いが異なるもの) - 尾鷲市南部・熊野市海岸部・御浜町紀宝町・新宮市旧高田村金田一春彦の説によれば次の2種類を別のアクセントとする。山口幸洋の説では同種のアクセントとしている)
  • 京阪式に似るがかなり異なるもの
  • 内輪東京式 - 熊野市の山間部・北山村。奈良県南部の東京式につながる。

  1. ^ 楳垣 1962, pp. 12–14.
  2. ^ 楳垣 1962, p. 369-370.
  3. ^ 村内 1982, p. 173.
  4. ^ 楳垣 1962, p. 105.
  5. ^ 村内 1982, pp. 174–175.
  6. ^ 楳垣 1962, pp. 373–374.
  7. ^ 村内 1982, pp. 175–176.
  8. ^ 村内 1982, p. 177.
  9. ^ 楳垣 1962, pp. 377–379.
  10. ^ 村内 1982, p. 176.
  11. ^ 飯豊毅一ほか (1982-1986)『講座方言学』(全10冊),東京:国書刊行会
  12. ^ 遠藤嘉基ほか (1961)『方言学講座』(全4冊),東京:東京堂
  13. ^ 柴田武 (1988)『方言論』東京:平凡社
  14. ^ 平山輝男 (1968)『日本の方言』, 東京:講談社
  15. ^ 加藤和夫 (1996)「白山麓白峰方言の変容と方言意識」『日本語研究諸領域の視点』,323-345平山輝男博士米寿記念会編 明治書院
  16. ^ 楳垣 1962, p. 374.
  17. ^ 山口幸洋「南近畿アクセント局所方言の成立」『国語研究』39号、国学院大学国語研究会、1976年(『日本語東京アクセントの成立』港の人、2003年)
  18. ^ 金田一春彦「熊野灘沿岸諸方言のアクセント」『日本の方言 アクセントの変遷とその実相』教育出版、1975年(『金田一春彦著作集第七巻』玉川大学出版部、2005年)
  19. ^ 村内 1982, pp. 182–183.
  20. ^ 楳垣 1962, pp. 390–391.
  21. ^ 楳垣 1962, p. 391.
  22. ^ 楳垣 1962, pp. 395–396.
  23. ^ 楳垣 1962, pp. 105, 392–393.
  24. ^ 楳垣 1962, pp. 392–393.
  25. ^ 村内 1982, pp. 184–185.
  26. ^ a b c d 楳垣 1962, pp. 393–395.
  27. ^ a b c d 村内 1982, pp. 185–186.
  28. ^ a b 丹羽 2000, p. 29.
  29. ^ a b 『近畿方言の総合的研究』p.407より引用。原典では方言文はカタカナ表記。
  30. ^ 楳垣 1962, pp. 400–403.
  31. ^ 楳垣 1962, pp. 127, 397–398.
  32. ^ 楳垣 1962, pp. 128, 398–399.
  33. ^ 楳垣 1962, pp. 128, 399.
  34. ^ a b 楳垣 1962, p. 408.
  35. ^ 楳垣 1962, pp. 403–404.
  36. ^ 楳垣 1962, p. 400.
  37. ^ a b 楳垣 1962, p. 405.
  38. ^ 村内 1982, pp. 188–189.
  39. ^ 司馬遼太郎著『この国のかたち』(文芸春秋刊)、第1巻152頁。
  40. ^ 楳垣 1962, p. 150.
  41. ^ 丹羽 2000, p. 31.
  42. ^ 楳垣 1962, p. 409.
  43. ^ 楳垣 1962, pp. 408–410.
  44. ^ 丹羽 2000, p. 34.
  45. ^ 丹羽 2000, p. 32.
  46. ^ a b 楳垣 1962, p. 410.
  47. ^ 楳垣 1962, p. 386.
  48. ^ 丹羽 2000, pp. 33–34.
  49. ^ 村内 1982, p. 190.
  50. ^ a b 丹羽 2000, p. 33.
  51. ^ 村内 1982, p. 191.
  52. ^ 朝日放送探偵!ナイトスクープ』の調査より


「紀州弁」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「紀州弁」の関連用語

紀州弁のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



紀州弁のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの紀州弁 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS